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五
指示に従い、ゆふは、昔青陽の肉体だったものの上に横たわった。
すると、ぱきぱきぱき、と小枝が折れるような軽い音を立てて、白く細い骨は砕け、光を失い、散り散りになって消えていった。
水の冷たさに、ぶるっと身体が震えたと一瞬、感じたが。
気がつくと、自分の肉体を見下ろしながら、そのすぐ脇に立っていた。
冷たさは、もう、感じない。
新しくなった今の身体は、白鷺の刺繍がほどこされた、白絹の着物をまとっていた。
池の底の、自分だった身体のみすぼらしい着物とは、あまりにもかけ離れた感触だ。
もともとこれを着ていた青陽は、と周りを見回したが、もうなんの気配も感じない。
いや、今や青陽は……自分だった。
『お芽出とう』
突然、どこからか、声が響いた。
一体誰がと、ゆふ/青陽は、耳を澄ませた。
さらさらさら。
音が聞こえる。
水が流れる音だ。
足元に感触があり、見下ろすと、自分のかつての肉体があの蛍のような光を放っていた。
そして横たわるその下から、いつしか水が勢いよく湧き出していた。
その量はどんどん増え、『お芽出とう』、そう歌いながら、やがて窪みの外へと溢れ出た。
そして氷の通路だった場所へと流れると、そこにどんどん細かいひびが入り始めた。
そしてあっという間に、張っていた厚い氷は砕け落ち、その通路は細い川となった。
川は水煙をあげ、周りを溶かしながら、みるみる幅を広げていく。
増えた水量に、両側に貯めるようにして置いてあった木の実や魚の卵なども、どんどん巻きこまれて流れ出ていく。
川はやがて洞穴の壁の隙間を埋めていた氷の薄いところを割り、外へと迸り出た。
『お芽出とう』
また、声が聞こえた。
水の流れを根に受けた、樹々が歌っていた。
『お芽出とう、お芽出とう。新しい青陽さまがお決まりになった。お恵みが浸み渡ってきた。お芽出とう、お芽出とう』
枝の先には小さな芽が生まれ、きらめくような若緑色が、世界に彩りを与えた。
空を飛ぶ鳥が、声高らかに、あたり一面へと知らせる。
『みな聞け、新しい青陽さまがお生まれになった。豊穣は約束された。みな喜びの声を上げろ。お芽出とう、お芽出とう』
どうやら、人でないものになってから、時間の流れが、ゆふ/青陽には、わからなくなっていたらしい。
いつの間にか、季節が移り変わっていたのだ。
ゆふ/青陽の意識は、水の流れと共に、この土地へと流れ出していた。
『お芽出とう、お芽出とう』
幼い子供が、鳥の声を真似して、喜びに叫んでいる姿が見える。
ゆふ/青陽の、幼い弟妹だった。
なんとか冬を生き抜いたらしい、痩せた身体ではあったが、野草の芽を見つけては口にいれ、楽しそうに笑っていた。
それを見守る両親もまた、げっそりとした頬をしながらも、ただひたすらに笑っていた。
もっと見ていたかったが、ゆふ/青陽の意識は、流れる川の水と一体となっているので、あっという間に彼らを通り過ぎ、進んで行った。
村を出てさらに遠くの大地へと広がり、凍りついた土をゆっくりと溶かし、浸み込んでいく。
あの洞穴の窪みのあちこちにあった種や木の実が、柔らかくなった地面に次々に埋まっていった。
魚卵は、ほどよい澱みを見つけ、水草に絡み、稚魚が孵るのを待つだけになる。
野草、樹木、命……、
喜びの感情……。
それらの意識が、今や人ではなくなったゆふ/青陽へと、一斉に流れ込んでくる。
そうだ。
生命の芽が出る季節が。
春が、来たのだ。
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※青陽=春の別名。
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