飴を詰まらせて死にたい

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一通り説明した私に、丁寧にお礼を言って。大事そうにスケッチブックを持って椅子に座った後輩の横顔は、とても楽しそうだった。 遠近感のないデッサンは、下手としか言いようがないのに。鉛筆で描かれた黒一色の絵は、先輩が描く鮮やかな絵と同じくらい、温かさを感じた。 そっと布巾をどける。 紙面いっぱいに咲いていたピンク色は、今は見る影もない。黒に沈められた薄汚いモノが一枚、目の前にあるだけ。 紙に触れた指が、乾ききっていなかった絵の具の上を滑る。べったりと付いた黒に、目の表面が熱くなった。 逃げ続けていた過去に肩を掴まれた気がする。真っ黒な波が私を引きずり込んで、この絵みたいに呑まれてしまうんじゃないかと。 一度考え始めたら止まらなくなって、衝動的に美術室を飛び出した。 すれ違った先輩の目が、大きく見開かれる。薄い唇が動いて何かを口にしていたけれど。お前も私達と一緒だと嗤う、彼女達の声で埋め尽くされた耳には届かなかった。 そのまま目的もなく走って辿り着いたのは、先輩に教えてもらってから何度も足を運んだ空き地。 ひりつく喉の痛みに呻いて、暴れる心臓を押さえつけて。 必死に息を整えて、滲む涙を拭う。 苦しくてしかたないのに、何故か笑いが込み上げてきた。 こんな時でさえ先輩に縋る様にこの場所に来てしまった自分が、あまりにも情けなかった。 ひとしきり笑って、空き地の隅にある規則正しく積まれたレンガの上にハンカチを敷いて座る。元は花壇だったであろうその場所も、今は雑草が生い茂っているだけ。 日が大きく傾いて、私の影を大きく伸ばしていた。たった一つしかないその影を見ながら、制服のポケットに手を入れる。 指先に触れたのは、いちご味の飴。 つい癖で開けてしまった袋からは、嗅ぎなれてしまった甘い匂いがした。 匂いと共に浮かんだのは先輩の顔。楽しそうに絵を描いている横顔。猫を見る柔らかく細められる瞳。次々と溢れてくるそれと共に飴を口にする。 「みゃ」 隣で聞こえた小さい鳴き声に、そちらを向けば。此処を知るきっかけになった猫が尻尾をゆらゆらと揺らしていた。 あの時と同じ様に伸ばした手を同じ様に身を翻した猫を見て。その自由さと身軽さで、私の過去を持ち去ってくれやしないかと。呼吸をする度に迫ってくる私を嘲笑う声を翻してくれやしないかと。縋ってしまいたくなった。
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