グータッチ

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グータッチ

 私は田村さんに手招きをして呼び寄せた。 「こんにちは、お疲れ様、ごめんね呼び寄せたりして。」 「こんにちは・・もう泳がないんですか?」 「いや、ちょっと頼みが有るんやけど聞いてくれる?」 「何でしょうか?」 「今、見張り台に横野コーチ居るやろ、悪いけど、ここ迄来るよう声掛けしてくれへん、ホンマ悪い!」 私はまるで神様に拝むように手を合わせて頼んでみた。  田村さんは訳を尋ねることなく聞き入れてくれた。 田村さんは歩行コースの端まで行くと両手でメガホンを作り、横野コーチなにかを伝えてくれている。  見張り台に居た横野コーチは私の方を見ている。直ぐに気が付いてくれたようで、見張り台を降りると、こちらに向かって歩き始めた。 どうやら通じたみたいで安堵した。 横野コーチは私の前に来ると両膝を床に落とした。 「お疲れ様、立蔵さんから声かけてくれるなんて珍しいですね」 「そんな、嫌味言うなよ! これでも色々気使ってるんやから」 「知ってますよ、私等の変な噂の事なら、だから立蔵さん、私からわざと離れようとしたのも、分かっていました。私は全然気にしてないから・・大丈夫です。」 「そうか、思ったより大人なんや・・そりゃ爺相手に誰も本気にせんわな。」 「そんな意味では在りません。」 「そりゃそうと結婚するんやて⁉」 「えっ!いつの間に誰も知らない筈ですけど。」 「知らんのはアンタだけや、ここの奥方さんは凄いんやから。 そりゃそうと相手はこの間、研修に来てたあのイケメンか? あのとき『体重落とさなあかんねん』て悩んでたもんな。 「違いますよ、あれは今度新調された新しい水着のサイズにまで体重を落としたかっただけです。 結婚するのはもっとず~と前、学生時代から付き合ってる人なんです。」 それから彼女は得意げに成り染を色々話してくれた。 「でも、辞めてしまうと喧嘩相手が居らんようなるな」 「大丈夫ですよ、子供教室だけは担当しますので、いつでもいじってください」 「そうか、ホンマやったんや結婚! そりゃおめでとう!」 私は彼女の前で無意識に右の手でグーを作っていた。それは親指を立てた(good)のつもりだった。 だが私のグーに彼女もグーを重ねて来た、しかも力強いグータッチだった。 「ホントにおめでとう・・それじゃまたな。」  私は水中の折り返しの壁に力強くキックをし、素早くサイドを離れた。そして大きなストロークの中で(恋愛って幾つになっても悪くないよね)と独り言を呟きながらスタートラインへ泳ぎ続けた。  スタートラインの隣のコースには田村さんが立っていた。 「田村さん、さっきはホントごめんな。」 いつもは愛想のよい彼女が珍しく怒っていた。 「どうせ私はいつも提灯持ちですよ!」 「違うねんて、噂で横野コーチが来月に結婚するって聞いたんで、お祝いを伝えたかったんや、ホンマ使い立てしてすみません。」 「えっ、立蔵さんと横野コーチって仲良かったんちがうの?」 「そりゃ、インストラクターと生徒は、仲が悪いより、良い方がええんと違う⁉」  男女が集まれば、人の口に戸は立てられぬと聞くが、まさかこんなところで・・しかも高齢者の私まで巻き込まれるなど、世界中で異常気象が発生するはずだわ。 ―完― このドラマはフィクションであり、登場人物などの名称などは全て架空のものといたします。
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