第一話 再誕の煮込みハンバーグ

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第一話 再誕の煮込みハンバーグ

 妖精のような愛らしい少女が、その可憐な唇でしっかりとピエの出たピンクのマカロンをかじっている。  光の加減で金にも見える長い茶髪に青空のような青い瞳。  白い顏をほんのりと上気させた様子は、まさに精巧な人形のように美しく、外を歩けば誰の目も引いたことだろう。 「それでお父様。お話とは何ですか?」  鈴を転がすような澄んだ声が、向かいのソファーに座る父を穏やかに呼ぶ。  短い黒髪を七三分けにして、質の良いスーツに身を包んだ壮年の男は、深刻そうに眉根を寄せて膝の上で両手を組んだ。こげ茶色の瞳は鋭く娘をにらんでいる。 「コレット」  少女の父、千歳星正宗(ちとせぼしまさむね)は絞り出すような低い声で名を呼んだ。  コレットと呼ばれた少女は不思議そうに小首を傾げた。 「そんな梅干しのような顔をしてどうしたのです? それより、このマカロンを食べてみてください。予約一年待ちも納得の美味しさです! なんとか予約を割り込んで、爺やに買いに行ってもらった甲斐がありました!」 「予約割り込み……言いたいことは色々あるが、せめて自分で買いに出ようとは思わなかったのか?」 「だってひとりで買い物に行ったことがありませんから! 爺やに任せた方が確実でしょう?」  無邪気に微笑んで答えるコレットに、正宗は深いため息をついた。 「コレット。私はお前が可愛い。私の宝だ」 「ふふ、嬉しいです!」 「だが、ここまでアホのわがままに育つとは思わなかった!」 「あ、アホのわがまま!?」  コレットの全身に稲妻が走り、白い指からかじりかけのマカロンが落ちて行った。  正宗は勢いよく立ち上がって、呆然とするコレットを指差した。 「お前がこんなポンコツ状態になったのは私の責任だ。いままで蝶よ花よと大切に育てすぎたのだ! ポンコツに我が社を継がせるわけにはいかない!」 「ぽ、ポンコツ!?」 「胸が痛いが、お前はこれからしばらく自分の力で生きてみなさい!」 「え? どうやって? 私、ひとりで外を歩いたこともありません」 「気合いだ」  コレットは大粒の宝石のような瞳を潤ませた。 「どうしてそんなひどいことを言うの? え、マカロンは?」 「食べちゃダメ!」 「お紅茶」 「ダメ!」 「爺や」 「爺やもダメ!」  正宗は唇を噛みしめて、甘い態度を見せないようにと涙目の娘から視線を逸らし続ける。 「連れて行け!」  正宗の部下たちによって、コレットは城のような豪邸の門から叩き出された。  格子状の門の向こうには、涙を拭う正宗の姿と、憐みのまなざしを向ける執事の姿があった。 「え、冗談ですよね? 家に入れてください!」 「ほら、これを持って」  正宗が格子の隙間からピンク色の長財布を差し出すので、コレットは牢獄の中の囚人になった気持ちで財布を受け取った。 「これからは自分の力で生き延びなさい。こちらから帰って来いと言われるまでは絶対に帰って来るんじゃない!」 「無理です! お父様~!」  コレットは目尻に涙を浮かべながら、遠ざかる父の背中に縋りつくように格子にしがみついた。  正宗は血が滲むまで唇を噛みしめて堪えると、無情にも背を向けて去って行った。
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