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白髪交じりの髪を綺麗に後ろに撫でつけて眼鏡をかけた老年の紳士が、門越しにコレットに近づいた。
「爺や、お願いよ! ここを開けて! 私がひとりで外を歩いたことがないことくらい知っているでしょう!?」
「お可哀想なお嬢様! 親しい友人も恋人もなし。高校での成績も下の下。卒業してからは一日中食べては寝るの堕落していたお嬢様でも、生きていくための取り柄のひとつくらいありますとも!」
「な、な、な!?」
散々な評価に、コレットは顔を真っ赤に染めてわなわなと体を震わせた。
「ではお達者で、お嬢様!」
執事は目元をハンカチで拭ってから頭を下げて、そそくさと屋敷の中へと戻って行った。
「食べて寝るだけだなんて失礼な! これでもお父様のお仕事の現場にいましたけど!?立っていただけですけど……」
コレットはしばらく怒りが収まらなかったが、しばらくして本当に誰も助けてくれないと知って、途端に心細くなった。
暖房の効いた部屋から叩き出されたせいで冬の寒さが身に染みる。コレットはコートに包まれた腕を摩った。
「これからどうすればいいんだろう……そもそも、どうして私がこんな目に遭うの!? しかもアホだなんて失礼だわ! たしかに友達も恋人もいないですけど!」
コレットは行く当てもなく歩き始めた。周囲を見回してみても車の窓から見た風景が広がっているだけで、コレットの心を慰めるものは何もない。
「どうすれば屋敷に戻してもらえるのかな……」
未練がましく屋敷に視線を向ける。
「そうだ!」
あることを思いついたコレットは、ひらめいたとばかりに両手をぱんっと打ち鳴らした。
「お父様が言っていたフランス料理のライバル店ミグラテールに潜入して情報を持ち帰れば、きっとお父様も褒めてくれるはずね!」
コレットは楽観的な希望に胸を躍らせて、誰もいない歩道を子供のようにスキップした。
***
目的は決まったが料理店の場所がわからないコレットは、生まれて初めてのタクシーというものを使用して、フランス料理店のミグラテールにたどりついた。
白を基調とした建物に大きな木製の扉があって、扉の上の看板にはミグラテールと刻まれている。
「ふふ、お父様はライバル店の料理は食べようとしませんからね。ここは私が情報を持ち帰って……わっ」
扉を開こうとしたコレットは、帽子を被った男性とぶつかってよろけてしまった。
「すみません、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
追い出されてからは初めて他人に優しくされたので、コレットはふわふわと上機嫌に笑った。
「大丈夫です。こちらこそ余所見をしてすみません」
すぐに男とは別れて、コレットは目的のフランス料理店に潜入した。
暖色系の優しい照明に照らされた室内は広く、落ち着きがあって高級感も漂っていた。
内装もこだわっていて悪くない、とコレットは評価をつけた。
コレットは早速「きょうのおすすめ」を頼んで、料理が運ばれてくるのを待った。
しばらくして、白のコックコートに身を包んだシェフが登場した。長身で少し腹の出た中年のシェフは、馴染みのご婦人を見つけて、柔和な笑顔を浮かべて近づいた。
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