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「やあ、きょうのソテーはどうですかな」
「最高よ! このソースなんて特に素晴らしいわ!」
品の良い服装に身を包んだ女性からの大絶賛に、シェフは満足そうにうなずいた。
その後ろの席にいたコレットは、その女性と同じ鶏肉のソテーにナイフを入れていた。
黄金色にしっかりと焼き色が入った鶏肉に、たっぷりのマイタケを絡めて口へと運ぶ。
皮や鶏肉から肉汁がじゅわりとあふれて、絡められた白ワインのソースと風味豊かなマイタケの香りが広がってほどける。
まちがいなく美味しい。
「すみません」
コレットは男性ウェイターを呼び止めると、
「この鶏肉のソテーのマイタケソース添えですが」
「はい」
「とても美味しいのですが、マイタケを少し炒めすぎかもしれません。えぇ、炒めすぎです」
「え……」
男性ウェイターは顔を青くして、コレットの後ろに佇むシェフに視線を走らせた。
称賛を期待していたシェフの頬がぴくりと引きつった。
シェフの存在に気づいていないコレットはソースをフォークですくって舐めて、
「白ワイン、パセリ……塩も少々多いです。これが改善されればもっと味が輝くはずですよ!」
と一切の悪気がない満面の笑顔を咲かせた。
「私の料理にご不満でも?」
背後からの声に、コレットはその場で飛び上がって、恐る恐る振り返った。
そこには全身から静かなる怒りを揺らめかせたシェフが仁王立ちしていたのだ。
コレットは血の気が引いて、慌てて頭を振った。
「いえ、不満なんてありません! 美味しいです!」
「お帰りください」
「え!?」
「伝票です」
「えぇ~!? まだ全部食べてないのに!」
男性ウェイターに差し出された伝票を反射的に受け取ったコレットは、かっと目を見開いた。
「さ、三万四千円」
「さあ、お支払いを!」
シェフに急かされ、他の客の視線にも晒されたコレットは、長財布を出そうと小さな鞄の中を探った。
「あれ?」
いくら探しても財布が見当たらない。
そこでコレットは、店の入り口で見知らぬ男とぶつかったことを思い出した。
「まさかお金を持っていないと?」
ウェイターとシェフに凄まれて、コレットは額に脂汗を浮かせた。
「も、持っていました! でもこの店の入り口で男の人とぶつかって、きっとその時に盗まれた可能性が!」
「問答無用」
「本当なんです!」
やけに体格の良い男ふたりがコレットの両側を固めて、そのまま出入り口へと引きずられていく。
「あぁ~、私のソテーがぁ~」
コレットが視線だけで振り返ると、コレットが食べていた皿をにらみつけるシェフの姿が見えた。
入口まで連れて来られたコレットは、まるでいい見世物だった。
体格の良い男ふたりに囲まれ、そして先ほどまで完璧な接客を見せていたウェイターが冷めた目でコレットをにらんでいる。
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