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明確な拒絶を突きつけると、和坂の顔色が変わった。
穏やかに微笑んでいるのに、その目の奥に怒りが燻ったように見えた。
「変わったな、きみは」
「変化はいけないことですか」
「昔のきみは素直に僕の言うことを聞いてくれたのに」
本能的な危機を感じて、コレットは後退りした。
和坂も一歩ずつ近づいてくる。
「お疲れ様です。お嬢様」
張りつめた空気を破るように、執事がコレットの隣に並んだ。
コレットは密かにほっと胸を撫で下ろした。
「爺や」
「さあ、家に帰りましょう。和坂様もお疲れ様でございます。それでは」
執事は和坂にも丁寧に頭を下げると、コレットの背中をそっと押して駐車場へと向かった。
コレットはさり気なく背後に視線を向けると、和坂はじっとコレットを見つめていて慄然とした。
「爺や。和坂さんってあんな人でした?」
「ふむ、そうですね……」
執事はコレットの隣を歩きながら、声を潜めて言った。
「お嬢様。あまりあの方には近づかない方がよろしいかと」
「えぇ、そのつもりです」
和坂の悪い噂というのが何かわからないが、悠だけではなく執事が警告するほどである。
コレットは気を引き締めようと、横掛け鞄の持ち手を握った。
家に帰ると、コレットは雲のように柔らかいソファーに沈み込んで、蓄積した疲労を吐き出すような深いため息をついた。
ソファーの前には七十五型のプラズマテレビがある。ベッドは別室にあり、化粧部屋も別にあって、そこには小さな博物館のように化粧品や香水が並んでいる。
何もかも「あらじま」の部屋とは違う、お嬢様の城。
それなのに、すべて手が届きそうな距離にあるあの部屋が恋しくて仕方がない。
「会いたいよ……悠さん」
ぽつりとつぶやいた瞬間、テーブルに置いていた携帯が鳴って、コレットは慌てて飛びついた。
「あ、はい! もしもし?」
『こんばんは、コレットさん』
「み、澪さん!?」
電話をかけてくるのは父親くらいだと思っていたが、意外な相手にコレットは顔を綻ばせた。
『こんな時間に電話してもいいか迷ったんだけど、いま大丈夫かな?』
「はい! 大丈夫です! う……」
『え?』
「うわーん! 澪さぁぁぁん!」
わっと泣き出したコレットに、電話の向こうの澪は動揺したが、すぐに何かを察したように優しく声をかけてくれた。
『やっぱり、コレットさんは家に帰っていたんだね』
「はい……」
ここに至るまでの事情を涙ながらに話すと、澪は「ようやく悠の状況が見えてきた」と納得していた。
『いまはお家のお店を手伝っているの?』
「はい。いまの私がそばにいても力になれないのなら、せめていつでも戻れるように腕を磨かなきゃって思って……私が落ち込んでいたらきっと、今度こそ悠さんに会ってもらえない気がするから」
『やっぱりコレットさんは悠をあきらめてないよね』
「もちろんです!」
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