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「朝からこれはキツイとか文句は聞きませんからね!」
「これは……」
悠の目の前には、赤いトマトの果肉のソースがたっぷりかけられた煮込みハンバーグがあった。
まだ湯気が立っていて、出来立てだということがわかる。
「私たちの始まりはその料理からでしたよね」
「コレット」
「いまは食べてもらえませんか?」
コレットは悠の向かいに座って、真剣な面持ちで言った。
しばらく沈黙が流れて、悠は根負けしたように用意されていたナイフとフォークを手に取った。
フォークで押さえつけなくても、肉にすっとナイフが通る。
一口大に切って、ソースを絡めて食べる。
あんなに食欲がなかったはずなのに、ほどよいトマトの酸味と肉の甘みが口に広がって、腹の奥が空腹を訴えた。
「美味しい」
ぽつり、と素直な気持ちが零れた。
コレットは顔を綻ばせる。
「悠さん。私は悠さんに何もあきらめてほしくなくて、ここに来ました」
コレットはフォークを持つ悠の手に手を添えた。
「遠ざけることで私を守ろうとしてくれたんですよね。でもやっぱり私は、離れ離れになるくらいなら一緒に戦いたいんです。お願いです、ひとりになろうとしないで」
悠は黙り込んでしまった。
「あなたが私に手を差し伸べてくれたから、いまの私がいます。今度は私があなたの力になりたいです」
「コレット」
悠が口を開こうとした瞬間、まぶしい光が視界を焼いた。
「いいシーンですね!」
第三者の声に、悠は弾かれるようにして立ち上がった。
そこにはカメラを持った男が、にこにこと笑いながらシャッターを切っている。
男はカメラのレンズを悠からコレットへと移動させて、至近距離でシャッターを切った。
「きみが新島選手の彼女でしょ? 美人さんだな、ハーフ? 何か一言もらえる? 例えばふたりの馴れ初めとかもらえるとありがたいんだけど」
男のカメラを遮るように、悠が間に割って入った。
「不法侵入ですよ。警察を呼びます」
「いやいや、そんな大袈裟でしょ! 記事が出て話題になった方がここも儲かるんだからさ、そんなこと言わずに!」
コレットは悠の隣に並び立つと、鋭く男を見すえた。
「いい加減にしてください。玩具にして儲かるのはあなた方でしょう。悠さんの嘘の記事ばかり書いて儲けるのがそんなに楽しいんですか?」
男は目を瞬かせて、吹き出した。
「いや楽しいでしょ! それが全部嘘でも過激な話題が一度記事に出ちまえば、馬鹿共が食いついて勝手に炎上させてくれるんだ。こんなもん書いたもん勝ちなんだよ、お嬢さん」
「皆さん、聞きましたか? これが真実です」
男が女性の声に振り返ると、そこにはビデオカメラを構えている土岐小夜歌がいた。
「え、誰あんた」
「ブロガーの土岐小夜歌と申します。そして現在ライブ配信中です。アーカイブも残しますので動画サイトでご確認くださいね」
にこりと小夜歌が言い放つと、男の顔から血の気が引いた。
その隣には澪が立っていて、嫌悪のまなざしで男を見つめている。さらにその隣には流星がにこやかに微笑んでいた。
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