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「きょうから開店するんですよね!」
「あぁ。コレットたちのおかげでマスコミもいなくなったしな。ありがとう」
「いいえ! 皆さんの協力があったからです!」
コレットは澪に連絡をとったあと、土岐小夜歌にも協力してくれるように頼んでいたのだ。
コレットはわざと裏口に入る瞬間をマスコミに見られるようにして、それから誘い出すように裏口の鍵も開けていた。
相手の本性や本音を引き出せるかは賭けだったが、結果的には小夜歌の配信で真実を伝えることができた。
ネット上では週刊誌やマスコミ相手への非難であふれかえり、あらじまを取り囲んでいた人々は姿を消した。
その後、悠への同情の声と、開店を願う応援のコメントが相次いだ。
「それにしても、和坂さんが逮捕されるなんて……」
「相当やばいことにも手を出していたらしいな」
「私、昔は何も知らないで色んなことを相談していました。それこそ学校でいじめられたことを、はっきりとは言いませんでしたが悩んでいると何度も相談しました。まさか、和坂さんが噂を流すように指示していたなんて」
先日コレットは悠から西風浦の真実を教えられたが、ずっとそのことが引っ掛かっていた。
精神的に追い詰められて、藁にもすがる気持ちで相談していたというのに、和坂は心配するふりをして裏で嘲笑っていたのだろうか。
「多分、お前が自分に頼るように仕向けたかったんじゃないか」
「私が和坂さんを頼るように?」
「そいつはお前に執着していたようだし、どうにかしてお前をコントロールして、あわよくば自分のものにしたかった。理解したくねぇが、そうとしか考えられねぇ」
コレットはぞっとして、思わず腕を摩った。
その手に、温かい悠の手が添えられた。
「それももう終わった話だな」
「はい!」
深く沈みかけた心が一瞬で浮上した。
再び悠のそばで働けることが、いまは純粋に嬉しい。
「コレット、話があるんだが」
「え!? は、話ですか?」
悠の真剣な面持ちに、コレットの心臓がどきりと脈打った。
この鼓動が、触れ合った手から悠に伝わってしまうのではないかと気が気でない。
まさか、左手の薬指の場所が埋まるということなのだろうか。
「あの、まだ心の準備がっ」
「新しいメニューを考えようと思ってる」
「新しいメニュー……」
コレットはオウム返しにつぶやいた。ひとりで盛り上がったことが恥ずかしくて、別の意味で鼓動が速くなる。
「色んな人に迷惑をかけて、たくさん助けてもらったからな。新メニューを作って、それを食べてもらいたいと思ったんだ」
真面目だ! と思ったが、そんな悠の誠実なところが結局のところ大好きなのである。
「それなら、とっておきの美味しいものを作りたいですね! 何にするか迷いますよね」
「そうだな……そういや昔、ばあちゃんが作ってくれたやつで、すげぇ美味しいのがあったんだ」
「なんですか? 気になります!」
悠はしばらく頭を悩ませていたが、まったくその名前が思い浮かばないらしい。
「じいちゃんがグラタンって言ったのを、ばあちゃんが違うって訂正したのは覚えてるんだがな」
「グラタンに似ている……」
「四角い感じのパスタが入っていたような」
「ラザニアです!」
「早い。そうかラザニアっていうのか」
「いいですねラザニア! 時間はかかりますが、作り方は簡単です! それを新メニューにしてみませんか?」
「あぁ、久しぶりに食べてみたいし……コレットが美味しいって思うラザニアも食べてみたい」
そんな嬉しいことを言われれば、やる気が出ないはずがない。
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