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そうこうするうちに仮の妻はゼリーを完食した。
冷却シートを取り出して渡し、空のゼリーの容器をビニール袋に入れてる様子を見つめていた仮の妻は、急にクスリと笑う。
「どうしたの?」
「ううん。弘さんに看病されてるのが不思議で」
「そう…?」
「うん。さっきすごい音がずっとしてたけど、何かあった?」
「え、あー、うん、ちょっとゴリラが…」
「ゴリラ?」
「ううん、なんでもない。とりあえず、今日はもう寝てて」
どこからそんな勇気が湧いて出てきたのか全く分からないのだが、気づいてみると僕はごく自然に仮の妻の手を握っていた。
な、なにをやってるんだ僕は!と慌ててはいるのに、むしろさらに強く握ってしまうのだから、本当に今日の僕は何かが違うかもしれない。
仮の妻は驚いたような表情で手元を見たが、ややあってから徐に僕の手を押しのけた。
「弘さん、いくら同居人の看病をしてるからって女の人にこういうことしちゃだめだよ。浜口さんが知ったら幻滅する。最近、いい感じになってるんでしょ?」
無理に笑ったような顔して窘める仮の妻だが、僕は離れてしまったその柔らかい手を再び握った。
「浜口さんに特別な感情はない。僕は、好きな人がいる」
「…え?…だれ?」
だれって…、この状況を見れば明確ではないか。
全国の恋愛ができない童貞に訊いても、きっと全員、その相手は今手を握っている人だろうと回答できると思うのだが、仮の妻は若干天然の要素があるのかもしれない。
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