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とにかく、思わぬ流れでの告白になってしまったが、むしろ伝えるのが遅すぎたとも思う。
僕は唾を飲み込み、息を吐き、そして口を開いた。
「…ひな乃さんです」
「…え?」
「あ…。あなたです」
仮の妻は数秒程、銅像のように固まってしまったが、ややすると戸惑ったような表情を浮かべた。
「う、うそだぁ」
「嘘じゃない」
信じ難いというふうに驚くので、僕はもう見てられなくて俯いた。
彼女が何を思っているのか理解できる気がして、胸が痛くて苦しい。
「…迷惑?」
「そんなこと…」
「それとも僕とはもう離婚したい?」
訊いたくせに、彼女が「りこん」と声を発した瞬間、僕は怖くなってしまって咄嗟にその口を手で塞いでしまった。
「ごめん。…でも聞きたくない」
僕はなんて自分勝手なのだろう。
仮の妻が去ってしまうことが恐ろしくて、繋ぎとめていたくてしょうがない。彼女の要望なんか聞きたくない。
すぐにでも離れてどこかへ行ってしまうような焦燥感に駆り立てられ、僕は仮の妻を逃がすまいとその体を抱きしめた。
「言わないで」
聞いてしまったら最後だ。だから聞きたくない。
「…弘さん?」
そして、彼女の手が脇腹に触れたその瞬間、僕はようやく自分が童貞だったことに気づいた。
ど、童貞が何をやっている!?
何一丁前に女性を抱きしめている!?
そんな権限あるのか童貞に!?いやない!ない!ないはずだぞ!そんな行為は童貞の辞書にはないはずだぞ!?うあああああああああああああっ。
心の中では大絶叫を響かせながら、だが表では静かに身を引き静かに部屋を出て行った。
しかし部屋のドアを閉めるや腰が抜け、全身を振るわせながら匍匐前進で寝室という安全地帯に退避したのだった。
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