最終話

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最終話

 タクシーの後部座席に座って外の景色を眺めていると、街路樹の青葉の中に黄色の葉がいくつも見えた。  もう秋だなぁ。  枯葉を集めてさつまいもを焼きたいなぁ。  そんなことを思っていると、座面にダランと置いていた右手を握られ、振り向くと、弘さんがやや緊張した面持ちをしていた。  日曜日の夕方、私達は夕飯に呼ばれて一ノ瀬家へ向かっている。  弘さんも来ることは伝えていないので、みんな驚くんだろうなぁ。  楽しみだなぁ。  奥様なんて『あらやだひな乃さん、情夫でも匿っちゃったの?』なんて青ざめるかもしれない。 『いえいえ、奥様がお腹を痛めて生んだ次男ですよ』って言ったら、どんな顔するかなぁ。  考えたら楽しすぎてニマニマ笑っていると、「僕もひな乃さんみたいに楽天的になりたい…」と夫が小声で零す。 「大丈夫だよ弘さん。堂々としてていいんだよ」  励ましたのに俯いてしまうので、私は弘さんの耳に口を寄せ、そっと耳打ちした。 「昨日の夜なんて私を三回もイカせちゃった強い男でしょ」  すると途端に顔を真っ赤に染め、ゴッキュンと唾を飲み込み、「そ、そうだよね。僕はもう立派な男になったんだ。いつまでも学生気分じゃいられないよね」とよくわからないことを言っている。  とりあえず少しは緊張を解せたようなので妻はよしとした。
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