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「お待たせして申し訳なかったね」
社長に顔を向けられ開けっ放しだった口を慌てて閉じる。
「いえ。大丈夫です」
「では主役の二人が揃いましたので紹介させていただきます。息子で、ひな乃さんの見合い相手、一ノ瀬弘光です」
私は少々照れながらもお見合い相手を見つめて会釈した。
それなのに、ペコ、と頭を下げたのはどういうわけかモジャモジャさん。
へ?と一瞬思考が止まった。
「ほら立ってないで座って」
お見合い相手がモジャモジャさんの背中を押しながら進み、私の正面、お見合い相手が座るべき場所に彼を座らせた。
モジャモジャさんと目が合った途端、真っ先に顔を向けた先は父だった。
お父さん話が違う!この人誰!?ねえ誰この人!?と目だけで訴えてみるが、父もまた、えー知らない知らない!誰その人!誰その人!?という顔をしている。
「あ、あのそちらの方は?」
何かの間違いか。そう思いたい一心で尋ねると、社長は奥様の横に座った私のお見合い相手であるべきはずの人を一瞥して答えた。
「うちの長男で孝康といいます」
彼が軽く頭を下げると、父が遠慮気味に「社長。私はてっきり、お見合い相手は専務だと…」と伝える。
「あはははは。いや孝康はもう結婚していてね。こう見えて二児の父ですよ」
「あ、そうなんですか」
「次男の弘光との縁談だとちゃんと伝えたつもりだったが、言い忘れていたかな」
「め、滅相も御座いません。そ、そういえば次男の方だと仰ってましたね!私がすっかり忘れていたようです。あはははは…」
家では、俺ぁ織田信長の生まれ変わりだぜぇ?何も怖いもんはねぇってもんだ、と事あるごとにふざける父も、社長の前では気弱な平社員丸出しだ。
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