2661人が本棚に入れています
本棚に追加
/163ページ
時計をじっと見つめていた目がこちらに向けられた。
「ありがとう」
初めて、真っ直ぐ私を見て笑ってくれた。
そして喜んでくれた。
この一連のイベントを迷惑に思われてたらどうしようと、実は少し不安もあったから、この反応が想像以上に嬉しい。
照れからなのか、見つめ合うことが恥ずかしくなって、ケーキに視線を落としながら「ううん。私とお父さんからね」と頬を緩めた。
それから紅茶を用意して、ケーキを切って二人向かい合って食べた。
初めて一緒に何かを食べるので、感動もひとしお。
「ここの生活、もう慣れた?」
もう五ヶ月くらい経っているのでいい加減慣れてるとは思うが、一応妻としては夫の精神状況も知っておきたい。
「まあ、慣れた」
「実家とここの生活、どっちがいい?」
「…実家」
「えっ!なんで?」
弘さんは紅茶を一口喉に流し、静かにカップを置いてから口を切る。
「あっちでは本当の意味で独りだったから」
「ひとり?」
「僕が部屋で何をしてても、部屋の外に出ても、何を買って何を食べても誰も何も言わないし、見て見ぬふりをする。透明人間になれたみたいに、誰も僕に干渉しない。それが楽だった」
最初のコメントを投稿しよう!