全部消えた

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 私ご用達の美容院で私の担当をしてくださっている美容師の西条さんに連絡をしてみると、二週間後の土曜日の夕方なら空いているというので、その日に出張サービスの予約を入れた。  弘さんのモジャモジャヘアーはもうすでに彼の乳首のちょい上まで伸びている。  運動してる時以外は結ばなくて、クネクネして広がっているので夏に適さない暑そうな髪だ。  せめてサラサラストレートヘアーなら少しは爽やかになるんじゃないかとアイロン片手にやらせてとお願いしたことはあるが、「しない!僕の髪質を馬鹿にするな!」と怒鳴られて断念。  まったくもう。  おっぱいが絡んでいないと弘さんは聞く耳を持ってくれないんだから。  まあしかし、そんな私の憂いももうすぐおさらば。  西条さんが来てくれる日が楽しみだなぁ。  きっと我が家のビッグイベントになるぞぉ、と思ってたが、弘さんにとってのビッグイベントの方がはやくやってきた。  それはスーパーのパートから帰ってきて、玄関で靴を脱いでいた時のこと。  足音に気づいて視線を向けると、夫が俯きながら歩み寄って来た。 「あ、弘さんただいま。どうしたの」  まさか『お帰りハニー』をする気になったのかと期待したが、弘さんは目の前まで来て立ち止まると、急に顔をずいと寄せてきた。  こんな近い距離今までなかったのでギョッとしたが、もっと驚いたのは夫のドアップが全然嫌じゃなかったことだ。  なんだ君、まじでイケメンじゃないか…とその時はっきり認識したような、そんな気分。
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