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「ねえ弘さん」
「…何?」
「今度ご両親に誘われたら、弘さんも一緒に行こうよ。みんな会いたいって思ってるよ」
返事が返ってこないので「今の弘さん見たらみんなびっくりするよ」と言うと、彼はみそ汁のお椀を少々荒めにテーブルに置いた。
「僕を追い出そうと躍起になってた人達が会いたいなんて思ってるわけがない」
今度は私が黙ってしまった。反論できないからだ。
実際に一ノ瀬家で夕食を頂いた時、弘さんの様子は訊いてくるが、会いたいと言った人は一人もいなかったから。
「僕は別に期待されてないから。どうせ何をしても兄さんには敵わないし、兄さんさえしっかりやってれば僕がどうなろうが誰も気にしない」
吐露した想いは、前に一ノ瀬家で聞いた話を思い出させた。
「弘さんが引きこもった原因も、お兄さん…だったんだよね?好きだった子に、お兄さんが好きだって理由で振られたって」
途端に瞠目した瞳には、お前なんで知ってる!?と書いてあるようなので、お義母さんに聞いたの、と答えておく。
恥ずかしいからなのか、弘さんはまた俯き、やがてコクリと頷いた。
「それはただのきっかけだよ。兄さんとはよく比べられて、僕はいつもできない方の人間だったから…。その子に振られて、全部どうでもよくなって。どうせ何をしても兄さんには負けるんだから、もう何もしないでいいやって」
「…それで引きこもったんだね」
「でも最初は、駄目だってわかってたよ。三日、四日くらいだけ部屋にとじ籠って、それからはちゃんと学校に行って、それまでしてきた生活に戻ろうってそう思ってた。でも…、母さんやお手伝いさんが優しくしてくれるし、食べ物運んできてくれるし、言えばなんでも買ってくれるから楽で…。だから、もうこのままでいいやって…」
「思っちゃったの?」
コク、と俯きつつも頷く弘さん。
私はその様子を、働かなくてもなんでも買えるなんて羨ましいなぁと心の隅では思いながら、でもなんとなく弘さんの胸の中に罪悪感や後悔に似たような感情がある気がした。
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