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「違う対価にする?」
考えなしだったなと反省しつつ訊いてみると、弘さんは暫く黙り込んだ後、苦し気な声でこう答えた。
「それでいい」
だが、それでいい、って是にも非にも聞こえるので、明確な答えを教えてほしい。
「それでいいっていうのは、対価を変えるってこと?」
「…違う。さっきのでいいってこと」
「さっきのって?」
「だ、だから…」
「さっき私なんて言ったっけ?」
「だ、だから。その、ほら、あれだよ。あの、む、胸の先端の…あの、あれを」
「胸の先端って何?」
「だ、だから、…てぃ、てぃくびを…」
「乳首のこと?おっけ、じゃあ乳首をどうするの?」
「そ、それはだから、てぃくびを…、す、う…っていう」
「誰が誰の何を何で吸うの?弘さん、ちゃんと言わないとわかんないよ」
丸まりながら震える大きな背中をひと撫ですると、ビクビクッと震えて「ふーっ、ふーっ」と荒れた息が隙間から聞こえてくるので、妻は妙な悦びを感じて頬が緩んでしまう。
ああたまんない。たまんないなぁ。
「弘さん。さっきの対価って何?言ってごらん」
「………僕が、き、君の、てぃくびを…、ふーっふーっ、僕の、口で、ふーっふーっ、す、吸う…」
はちきれんばかりの羞恥に耐えながらも、己の欲望を口にした夫に、妻は大変な満足感を覚えた。
ああ楽しい。ああ楽しいぞ!
「よしわかった!じゃあ、早速明日、あのお店に行こうね!」
パシンッと背中を一発叩いて、陽気な気分で立ち上がり、食器洗いをしようと台所へ向かった。
猛烈に恥ずかしがる成人男性を間近で観察することができたからか、気分が愉快で片付けが捗る捗る。
その間、弘さんはずっと同じ体勢のままテーブルの脇で石のように動かない。まるで岩になってしまった人間のようだ。
大丈夫かなと心配していたが、トイレに行って帰ってくるとその姿はなくなっていた。寝室に戻ったのだろう。
もしかすると今頃部屋でせっせと扱いてるのかなぁと妄想してしまうとこれがまた楽しくて、だらしなく緩んでしまう頬を時折「こーら」と叩く妻なのであった。
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