もう帰る汽船

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 人魚の姿が、水の青が、深い濃い藍色が移って透明になる。  うれしい気持ちと、さみしい気持ち。入り交じって、ふと見上げるとまばゆい水面が映る。  離れていく船尾が見える。ぐるぐると水面をかき混ぜ、激しく泡立つスクリューの音が遠ざかり、帰って行く。  光が差し込む。空が真っ白に染まる。あそこにあるのは、遺してきた夢。  叶えられずに悔やむ、たくさんの夢。残った虚しさと哀しさが胸に満ちる。  でももう、それも終わり。  沈めば沈むほど、水に溶けて消えていく。忘れていく。  ひとつの夢が終わって、新しい夢を叶えるために。  振り返らずに進んでいく。  さようなら、帰らなかった私。  もう帰らない――、わたし。
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