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屋敷の主人
これはある世界の、ある彼の話。
彼は屋敷の主人。
まだ二十代後半という若さで頭が良く手腕があり行動力もある彼だが、偏屈な変わり者だった。
何せ、せっかくのなかなか恵まれた容姿も顔全体を覆い目だけが開かれた仮面で隠し、街で暮らす周りの者たちにもいっさい素顔を見せたことがない。
おまけに屋敷の者たちにも素顔を見せないとか。
街の者たちからは、性格は冷たく無口で人を自ら寄せ付けないため『冷酷な主人』と噂されていた。
屋敷には必要最低限の人数で、古くからいる者たちが大半。
ここ数年で入ったのは、一年ほど前に来た主治医である変わり者の医者の娘、若いメイドのコリーンただ一人だった。
彼の朝が始まる。
最近主人へ食事を運ぶ役目となったメイド、コリーンが来ると、彼は一人部屋に籠り食事。
終わり下げさせると、自らの仕事を出来るだけ手早くこなし、ただ一人朝の支度をする。
「おはようございます、テイル様」
屋敷の者たちが、彼に会うたび朝の挨拶をする。
『テイル』とは彼の本当の名ではない。
この時の彼の姿は、仮面を外し、いつもは撫で付けられている黒髪を自然で軽く巻かれた状態に。服装は執事らしい燕尾服に白い手袋。
屋敷の執事長、テイル。
これが彼の『もう一つ』の姿。
屋敷の者たちはこのことを知っているはずも誰も口に出さず、新しく来たコリーンも、察しがいいのか尋ねることもなかった。
屋敷でただ一人、幼い頃からの仲で彼の右腕である中年の大男バラドだけは彼の内の事情を全て伝えており、二つの姿の彼の助けとなっている。
日頃、無口で無表情なバラドではあるが、彼のことを想い仕事を忠実にこなそうとする良く出来た人間だった。
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