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 いまにも雨が降り出しそうな午後、下校の足取りは重い。  目を落とすと素肌の膝小僧と、汚れた短い靴下にサイズが合わなくなってきた黒いスニーカーが視界に入る。  これ、いつ買ってもらったんだっけ……とぼんやり考えた。そうだ、お母さんがいなくなるまえ。  今日は湿度が高く、だいぶ蒸し暑い。遠くで蝉が騒いでいる。 土地柄、このあたりは山の稜線に囲まれた平地となっている。北側の斜面はすでに陰って、夕方よりも暗かった。  空はどんよりとした灰色に広がり、山に生い茂る木々は黒に近い深緑に見える。  沈む気持ちを抱え、力なく歩く。頂上付近に生い茂る、草ぼうぼうの領域へと目を向ける。  子どもは急坂を登りはじめた。足は自然と廃屋へと向かう。  小学校での同級生たちは、あれをお化け屋敷と呼ぶ。古い木造の建物で、危ないから近づくなと大人たちに指導されていた。  子どもの両親はなんの前触れもなく、離婚してしまった。  驚いたし、理由も聞いてみた。  だが、実の母はひとことも答えず、だまって家を出て行ってしまった。  入れ替わるようにやってきた新しい女の人は、愛想がなかった。  子どもの親としてふるまう気はさらさらないらしく、最初からうまくいかなかった。
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