23人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれから、犬の散歩に出ると必ずカラスに出くわすんです。なんというか観察されてるみたいで……目を上げるといつもそこにいるんです。このあいだなんて……」
急に口を閉ざす。
ふと、彼女の目線が逸れ、店の奥へと顔を向けた。ゆらゆらと左右に彼女の身体が振れて、視点が定まらないのがうかがえた。
その間、何秒もかかってなかったかもしれない。
だがずいぶんと長く感じた。身体ごとこちらに向いた彼女の顔色が、照明のせいか妙に白く見えた。
すみません、と平坦な調子で言った。
「わたし、おかしなこと言いましたね」
「いえ、……そんな」
いいんです、と彼女が頭を横に振る。
「自分でもわかってます、気にしすぎだって。でも」
ふう、と息を吐いた。呼気にアルコールが混じっている。こちらに向けた彼女の目をまともにとらえた。
途方にくれている。そう感じた。なかばあきらめたかのような——、共感してくれる相手はいないのだと悟って、失望の色が浮いている。
「カラスの目って、あんなに赤く光るものなんですね」
「なんですって?」
最初のコメントを投稿しよう!