忌諱(きき)に触れる

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 カウンター席でおひとりさま呑みをしていたら、たまたま隣席となった女性に話しかけられた。  常連が顔見せにやってきては長居せずに入れ替わる、酔っ払うにはまだ少し早い時刻。  こぢんまりした居酒屋の店内はカウンター席に六人ほど、テーブル席は五つ。内装はややくたびれているが、日本酒の品揃えがいいのと、肴が旨くて安いので気に入っている。  このところ残業続きでご無沙汰だったが、めずらしく早く仕事が終わったので、夕飯がてら寄っていこうかと思い立ったのだった。 「家に犬がいるんです」  彼女は目尻に上品な笑いじわを寄せて、柔らかな声音で話す。  明るい色に染めた髪が緩い波を作り、肩にかかっている。派手すぎない色の化粧が似合っている。  若い頃にはさぞ異性を惹きつけただろうな、とぼんやり考える。  この歳で一人暮らしの身としては浮ついた話、それから猫ならまだしも、犬とくればどちらも縁の無い話だ。 「はぁ、犬ですか」 「ええ、クリーム色のポメラニアンです。今は家で留守番してますが」  間の抜けた返しをしてしまったが、相手は気に留めるようすはなかった。
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