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勘定を済ませると、最初に見たときと同じく背筋を伸ばし、酔ったふうも見せずに流れるような所作で立ち上がる。
「話を聞いていただいてありがとうございます」
「え、いえ」
「じゃあこれで」
軽く頭を下げ、やけにヒールの音を響かせながら彼女は店の出入り口へと歩いて出て行った。
小さく溜息をもらし、泡が消えかけたビールのグラスを取り上げる。
変なひとだったな。ふつうのひとに見えたけど。
っていうか——、本当に変な話だった。
気が抜けて、味が半減したかのような琥珀色の液体を飲み下すと、ふいに視線を向けられている感じがして身がすくんだ。
目の端に見える。
点。ふたつの光点。赤い色。
はっとして、振り向く。
だが、そこには対面の同伴者と楽しげに語らっては豪快に笑う酔っ払いの男がいるだけだった。こちらを見ていた素振りもない。
気のせいかと思い直すが、さきほどまでの話の内容も相まってどうにも気になる。
与太話だ、と自分に言い聞かせる。
知っている。人間だって、カメラのフラッシュで目が赤く光って映るのはよくあることだ。
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