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通りにはわたし以外、だれもいなくって。どこからも見てる人もいなくて。ふだんなら人通りがあるのに、だれもいないなんて珍しい、誰かに教えてあげたいのに、などと考えてました。
その通りは、そんなに車が通らないんです。
だからどうするつもりなのかなって思ってたら、何回か落としているうちに、ふたつに割れたんです。
カラスは喜んだかのように、これまでと違う反応で素早く舞い降りて……——
「夢中になって、中身をつつき回して食べてました」
ふと、遠くを眺める目を細め、彼女は口もとに笑みを浮かべた。
「ああ、なるほど、あんなふうにカラスが食べるから木の上の 胡桃も無くなるのか、と腑に落ちました。でも」
急に口ごもる。妙な間が落ちる。
「でも?」と訊き返していた。
「数日後、また同じ場所で同じ光景に出会いました」
「同じカラスですか?」
「ええ、たぶん。……いえ、わかりません。みな同じに見えますから」
でも、と彼女は繰り返した。
「また河川敷から運んできたクルミの実を落っことしてる、と思ったんです——」
出かかる言葉を抑えようとしているかのように、彼女は右手で口もとを覆った。
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