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見たんです、と感情のこもらない声で話す。
真っ黒い丸いものが、地面に当たったとたん、跳ね返り、弾けてふたつに割れて、そして——
「中から、なにかが出てきたんです」
ひとつ。
黒い影。
固い殻がアスファルトに当たり、乾いた音が響き渡る。地面に衝突するなり、ぱん、とふたつに弾けた中から転がり出る。
ころり、と表に現れたそれは、じわじわと蠢いて、道路の中央へと駆けた。
「あれは……、なにかの虫かと思いました。そう、あれ……動きはアシダカグモみたいな」
「あしだか?」
「ええ、ご存じありませんか? 長い脚に毛が生えた、大きな蜘蛛。そしたら、カラスが嬉々として飛びかかったんです。虫みたいなものに」
彼女の顔を見つめる。そんな馬鹿な話があるだろうか。
蜘蛛? 胡桃の……固い殻のなかに? まさか。どうやって入るんだろう。
もともと穴が開いていて、中に潜んでいたとか?
それをカラスがたまたま運んできた……?
「蜘蛛は重力に関係なく、天井でも平気で駆け回ります。器用なものです。すごく動きも機敏で。危険を察知すると、跳ねるんです。脚をすぼめて瞬時に空中に跳ね上がるんです」
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