最終話

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私の呟きが聞こえなかったようで、春はもう一度聞き返してきた。 筒を持っていない方の手で、春の手を握る。 「あの、春」 「ん?」 「その」 こんな事を告げるのは、今更過ぎて恥ずかしい。 でも、今言わないといけない気がするから。 今日伝えられて良かったと、いつの日か、そう思えるように。 後悔はしたくないから。 「春の彼女に、してくれる?」 言った直後に、緊張と羞恥が押し寄せた。 頬が熱くて、外にいるのにのぼせそう。 春の目がぱちぱちと瞬いて、ほんのりと顔が赤く染まる。 そんな表情を見せられたら余計恥ずかしくなって、つい俯いてしまった。 下に落とした視線の先で、ぎゅ、と春の手が強く、握り返してきた。その問いかけに応えるように。 「うん」 たった一言、頷いただけ。 すごくシンプルな返事。 でも見上げた顔がすごく嬉しそうに笑っていて、私もつられたように笑顔に変わる。 わたし、やっと春の彼女になれるんだね。 家族を言い訳にしなくてもいいんだね。 「恋人らしいことは、明日からだね」 「……らしい、こと」 「なに想像したの?」 「してないし!」 おどけた口調にそっぽを向く。 それでも繋いだ手が離れることはない。 恋人つなぎとか、そんな類のものじゃない繋ぎ方。私達は、今日はまだ家族のまま。 でも明日からは、新しい関係が始まる。 家族とも違う、いとことも違う関係が。 様々な想いが交差する、桜舞う道で。 私は春と手を繋いだまま、終わりから始まる関係に胸をときめかせていた。 (完)
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