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運命が動き出すとき
明らかに斬られた傷を負ったロクサーヌにありとあらゆる手当てを施し、周囲の警護を強化するように命じたうえで人払いをしてロクサーヌの傍らに腰を下ろした。祈るように包んだ手はひどく冷たい。
ロクサーヌが最近何かに思い悩んでいることには気付いていた。もっと早くに声をかけていればこんなことにはならなかっただろうか。思い悩みながらロクサーヌを運んできたフォドルの言動を思い返す。ずっと姿を見ていなかった姫の守護司。反抗的だとは聞いていた。罰を与えているとも。けれどさっき見た姿はまるで虜囚だ。あの時見つめた瞳は澄んでいた。真っ直ぐに主を探すと言い切った。主は城にいるだろうと言えなかったほど決意に満ちていた。
「シャニア」
「はい、ファウロニア様」
自分の守護司の名前を呼べばすぐに応えが返る。彼の右手の甲に浮かぶ自分と揃いの白い星のような痣を見つめファウロニアは言葉に迷いながら問いかける。
「守護司が反抗することはあるか?」
「人道に反していない限りはないかと」
「守護司が主を間違えることは」
「ありえません」
「……フォドルを、どう思う」
「やっと役目を賜った顔をしていましたね……あの魔力の高まりはおそらくロクサーヌ様と接触したからでしょう。主と共に在ればもっと上がりましょう。主の元に帰るのは我らにとって至高の極みです」
「ならば! なぜ助けに行かなかった!? 同じ守護司であろう!」
「主が最優先の我々は同族は二の次です。フォドルはそれができない状況にあったと言えましょう。私は祈るのみです。やっと解放された守護司が主の元に帰ることを」
穏やかなシャニアの笑みにファウロニアは目を伏せた。シャニアがフォドルのことを憂いながらも片時も離れなかった理由。それはこの城が安全ではないということだ。ようやく気付いた。遠回しの進言はいくつかあった。それを頭から否定していた自分の愚かさが大切な者を危険に晒した。自己嫌悪で身を引き裂かれる心地に苛まれる。
「ファウロニア……」
「ロクサーヌ!」
緩く握り返された手を握り、医師を呼ぼうとしたファウロニアをロクサーヌは止めて、潤む目で自分の守護司を呼んだ。
「アウラ……」
目を真っ赤にしたロクサーヌの守護司が現れた。反射的に責めようとしたファウロニアを目線で止め空いている片手を伸ばす。涙を流しながらその手を取ったアウラを見てロクサーヌの目からも涙が零れた。
「ごめんなさいね……来るなって、命じて。あなたも悲しませてしまったわ……アウラは悪くない、悪くないのよ」
「ロクサーヌ様……もう、離れません。ご命令でも、離れません……!」
怒りのぶつけ先を失い項垂れるファウロニアの手が緩く引かれる。縋るような瞳が此方を見ていた。
「フォドルは……地下牢にいたのです。酷い怪我をして、ひどく痩せていました……私は、姫を探してと頼みました」
話す間にも涙がぽろぽろと零れる。今まで慈しんでいた姫が本当の娘ではないと知ったのだ。産んだロクサーヌこそがどれほど悲しいか。ファウロニアは同じく涙を零しながら手を握り締めた。
「私に何が出来るだろう。愚かな私を許せというには遅いかもしれぬが」
「互いに愚かだったのです。綺麗なものだけを見ようとして、結果大切なものを取りこぼして、傷付けている。まだ、遅くはないはずです。フォドルが資格を失っていません。姫は生きています」
強い瞳だ。打ちひしがれていたファウロニアの目にも力が戻る。赤味の強い金髪に青空色の瞳。この国の太陽である王としての真の目覚めである。
「姫に、我らの本当の姫に手紙を送ろう。魔法を使って。それで確認もできるだろう。城の姫に届かなければ私達の血を引いていない」
「えぇ。密やかに全てを明らかに。……今まで育ててきた姫もできれば救いたいと望みます」
「ああ、もちろんだ。おそらくあの子に罪はなかろう」
短いけれど思いを込めた手紙を書いた。ファウロニアが指先を切って血の魔術を使う。血縁を指定して届ける術だ。手紙は呼び出した魔術の鳥が咥えて遠く、遠くへ飛び立っていった。
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