業務内容

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 中途採用で入ったのは、冬。  ちょうど歳暮やら年賀状の時期で、オレは早速役に立てた。 「陽さんひとりじゃ大変で、毎年困ってたの。印字じゃ味気ないしねえ」  そう言うのは、隣の席の井上さん。  試用期間中はこの人の指示に従うように、と言われてる。 「そうなんですか?」 「おつきあい関係作っておいて、損はないお仕事でしょう? だから機会があるごとに郵便物出すのだけど、量が多いのよ。宛名くらい印字でもいいじゃないのって思うけど、そこにこだわる方も、確かにいらっしゃるから」 「なるほど」 「それにしても、上の人たちだってたいがい器用貧乏だけど、北島くんはまたおもしろい方向に色々とできる人なのね」  井上さんはまかきゃらやができてから、早い時点で就職したらしい。  多分、社長たちと同年代のてきぱきとしたベテランさん。  自分の仕事をしながら、オレの面倒も見てくれるって、すごいと思う。 「前の仕事が専門職で、それしかできないのが悔しかったんですよね」 「あら」 「なので、辞めてから色々と……資格取ったり勉強したり……」 「なるほど。北島くんはソフト負けず嫌い……っと」  井上さんが笑いながらメモを取るまねをする。  負けず嫌い、なのかな?  自分ではよくわからない。  ただ、信用していた人に投げられた言葉は痛かったから、じゃあ変わってみせるって思ったんだ。  今日の作業は、筆での宛名書きと礼状の清書。  筆書きはできる。  ハローワークに通うのとは別に、通信で練習した。  筆耕っていう仕事らしい。  でも、筆で字を書くことはできても、自分で文言を考えるのはできないと言ったら、例文を差し出された。  何が何でも書け、書いてくれってことらしい。 「どれくらいでできそう?」 「年賀状の宛名書きが枚数あるんで……できれば、今日いっぱい欲しいです」 「じゃあ、礼状の方から手を着けて、昼に一度、進捗報告いい?」 「はい」  年末も近くて、外勤チームは出入りが激しい。  内勤チームも忙しなくしているし、ここに通い始めて知ったけど、会社っていうのは電話が多いらしい。  自分の作業をしながら、電話の応対なんてすごいなあって、オレはここ数日で思い知らされてる。 「第二資材室、いいですか?」 「いいよ。鍵わかる?」 「はい」  集中して書きたいのと、何か事故ったときに他への被害をなくしたいので、毛筆を使うときは別の部屋に移動させてもらう。  今までも、陽さんが使っていたという場所。 「あ、ねえ、北島くん」 「はい」  鍵置き場から鍵をとって、移動しようとしたら、別の人から声をかけられた。 「お花、活けられるんだよね?」 「は……まあ、一応」 「よーし。じゃあ、そのつもりでいます」 「はい?」 「何かあったらよろしくです」 「あー、はい」  手元の書類で何かを確認していた人は、オレの返事ににやりと笑った。  ええ?  何させられるんだろう。  移動までの少しの間に、色々声かけられて、確認されて、オレはでてないけど電話がひっきりなしになってて、忙しいところに就職したんだなあって、改めて思った。  いや、前の会社もそうだったのかもしれないけど、前は作業に集中してたから、こういうモノだって知らなかった。  ホントに、オレはなにもできないんだなあ。  こっそりため息をついて、作業場所に足を向ける。  オフィスは建物の一階。  二階に、食堂や資料室や資材室がある。  階段を上っていたら、要さんが降りてきた。  なんだかんだで、久しぶりに顔を見られて、オレはちょっとほっとする。  他の人も優しいけど、誘ってくれた人に全然会えないのは、なんかほんの少しだけ心細かったから。 「おつかれさまです」  会社の中で見かける要さんは、多分オーダーだろう三揃えのスーツを、いい感じに着崩してることが多い。  今日は上着なし。  寒くないのかなと思うけど、忙しくしてる人は、寒さも感じないのかもしれない。 「うん、お疲れさま。どう? うまくやってる?」 「おかげさまで、皆さんに良くしてもらってます」 「早速こき使われてるんじゃない?」  オレが握ってる鍵に目を留めて、要さんが笑う。 「でも、できることがあるのはいいです」 「そっか。最初からとばしすぎないで。ほどほどにね」 「はい」  ぽんぽん、とオレの肩をたたいて、要さんは一階に向かって行った。  時期なのかずっと忙しいのかはわからないけど、社内で要さんに会うことはほとんどない。  けど、相変わらず気にかけてくれてるのは、ありがたい。
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