仕事納めは納会

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仕事納めは納会

会社における仕事納めって、大掃除してちょっと訓話とかあって、でも他に特に何することもなく就業時間に解散、っていうのはレアらしい。 っていうか。 今までがそうだったから、そういうもんだと思っていたら、まかきゃらやは納会? っていうか、一年の打ち上げ? っていうのを、食堂でするんだそうだ。 年内の仕事にはできるだけ速やかに蹴りをつけて、大掃除をしたら、食堂に集合。 それが今日の朝に下された指示。 入社してひとつき弱で、そんな片づけるとこもなくて、早めに食堂に行ったオレは、陽さんの手伝いを言いつかった。 料理の手伝いって! 社の福利厚生には食堂の料理も含まれてるらしいけど! ここの食堂、安くて量が程々でおかわり自由でうまいけど! 陽さんの手料理だとは、思ってなかった。 だってホントに本格的でうまいんだもん。 そしてオレは、料理、向いてないかもしれない……と、気がついた。 だって難しい! 刃物、怖ぇえ! しかもすっげえ音するし、フライパン火吹くし。 ホント、料理できる人尊敬する。 オレには無理っぽい。 納会が始まってほどほど飲み食いが進んで、社員があちこちでグループに分かれて話してる。 所属部署ごとじゃなくて、仲良のいい人たちで集まり始めてて、オレはまだそんなに仲のいい人もいないから、せっせと料理を食べる。 皿から口に移動させて、噛みしめる。 ああ、これを陽さんが中華鍋に入れたときは、すごかったよなあ。 おいしいんだけど。 調理過程を思い出して、ため息をつく。 「人は凸凹があってこそ楽しいから。北島くんがお料理できないのは、わたしは嬉しい」 「オレは嬉しくないです」 オレの顔を見て、井上さんが笑った。 いや、あの、すごいおもしろいものを見たって顔をしないで欲しい。 「なんか、次、北島くんに勉強する機会があったら、お料理教室に通ってそう」 「マジで検討します」 「本気? そこまで大変だったんだ~。今までどうやって生きてきたの?」 「世の中には、スーパーやコンビニという便利な存在があるんです」 だいたい、ひとりで暮らし始めてから、仕事とあれやこれやで食生活に気を使う暇なんてなかったし。 ホントに世の中にはできた方がいいことがいっぱいあって、オレはできないことが多すぎる。 「料理できなくても、健康でいられたらいいんだよ」 井上さんとオレのやりとりが耳に入ったらしい。 横でオードブルを摘んでいた長友部長がくすくすと笑った。 「ですよね!」 「できるに越したことはない、とも思うけど」 「ハードル、高いです」 しょぼん、って肩が落ちる。 料理……料理、かあ。 盲点だった。 「筆耕できて、活け花ができて、パソコン関係はなんでもお任せ! なのに、電話番と料理が壊滅っていう、このアンバランスさ……」 「いやホントに。拾いモノだよね。かわいいし」 楽しそうに部長と井上さんが話してて、内容がどうにもおかしいと思うんだけど、オレはもう止められる気がしなくてしょんぼりよ。 「誰がかわいいの?」 ひょいとそこに顔をのぞかせたのは、要さん。 食いつくのはそこですか。 スルーしてください。 そう思ってんのに、井上さんはにこやかに答える。 「北島くん」 「ああ、でしょ。かわいいよね」 うんうん、なんて、うなずかないでください。 「シノさん、どこにこんなかわいい子隠してたの」 「君が俺に押しつけた経営者研修に通っているときに、同じビルに通ってたの」 「ナンパ?」 「だってかわいいでしょ?」 ナンパって何? っていうか、長友部長、要さんのことシノさんって呼んでるんだ? 経営者研修ってホントは長友部長が通うはずだったの? じゃあ、要さんに代わってくれてラッキー……じゃなくて、うん、まあほら、偶然の積み重ねですが、要さんに出会えたしここに就職もできたし、ありがとうございます? 井上さんはげらげら笑ってるけど、オレは要さんと長友部長の間でおろおろするしかない。 「常務、北島くんたら次はお料理教室に通うそうですよ」 「え、ホントに? なんで?」 「あー……全くできないことを知ったので」 「ええ? プログラムできて、フラワーアレンジメントの級を訓練校でとって、オフィス関係のソフトも自力で勉強したんでしょ? あと何だっけ? 筆耕? っていうのも……どんだけ勉強するの?」 「勉強家だよね」 だって。 オレはそれだけやっても、まだ全然何かをできた気がしない。 全然足りてない。 そう言いたくて、でも、あんまり真面目に答えるのもどうかと思って、オレは言葉を探す。 ああ、ホントにうまく言えなくて、イヤになる。 「うん、でも、やってみようって思うのはいいことだよね」 要さんが穏やかな顔でそう言ってくれて、ちょっとほっとした。 誰かが遠くで要さんと長友部長を呼ぶ。 「はーい。ちょっと行ってくるな」 長友部長は気になっていたらしい料理を皿にぽいっとのせて、呼ばれた方に行く。 手を挙げて返事をした要さんも、ぽんぽん、とオレの肩を叩いてそちらへ向かおうとした。 「そうだ、北島くん」 「はい?」 戻ってきた要さんは、オレの胸ポケットに、すっと棒付きキャンディーをさした。 丸くてかわいい、ロリポップ。 「今日は社内の喫煙可能場所増やしてるけど、程々にね。口寂しくなったらこれ食べな」 要さん。 これは、どう思えばいいんだろう。 オレは気がついた。 気がついたこともショックなんだけど、ショックを受けてることも、ショックで。 布の上から、ロリポップを握りしめた。 要さん。 もう、前みたいには呼んでくれないんだ?
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