金儲けと教育

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「金儲け、商売の基本は何だと思うね」  Jが問う。私は少し考え「安く仕入れて高く売る。これに尽きると思います」と答える。 「よろしい、正しい答えだ」  Jはにこりと笑うと話を続ける。 「いいか、巷にはびこるハウツー本に書いてある大金持ちになる方法とか、金持ちに学ぶとかいうやつ。それと世間に感謝、回りに感謝すれば自然にお金は付いてくる、儲かる。などと言う自己啓発系の本は全て嘘だからな。 まあ嘘がひどければ、欺瞞と言い換えてもいい。そんな事言っている奴らの99.999%は貧乏人から搾取している事への言い訳をしているのさ。 その点俺はそんな事しないぞ、お前が今言った『安く仕入れて高く売る』これを実行しているだけでこんなに大金持ちになれた。 Jはそう言うと、自身の身体をざっと見渡した。 六十代前半、男性。きれいに整えたシルバーグレイの髪を無造作に揺らし、週に三回のトレーニングを欠かさない筋肉質の身体。 髪と同じ色のスーツをまとい、顔の映りそうなほど磨かれた茶色の靴を履いている。シャツは淡いブルーでネクタイは臙脂。勿論全てオーダーメイドの高級品だ。時計は地味な艶消しのシルバーだが、よく見るとスイス製の最高級品だと分かる。 自分でも言う通り、この国でも有数の金持ち、財界でその名を知らない者はないが、一般には全く知られていない影のような存在だ。 染みと皺の少し浮いた手を持ち、長い指で眼鏡の位置を直すと、意思の塊のような瞳がまっすぐに私を貫いた。 「私は他人を搾取せずに金持ちになれた稀有な例だと自負しているよ。 さて先ほどのキミの答えだが、正しいけれどプラスアルファが必要だ。それは何かね」 私はJのおかげで通う事が出来た大学の授業を思い出し「そうですね、無価値な物を有価値に変える事でしょうか」と答える。 私は二十二歳の女子大生、来月卒業、就職先もJの紹介で決まっている。 「うむ、先ほどの『安く仕入れて高く売る』の補足だな、無価値な物をタダ同然で手に入れ、付加価値を付けて高く売るという事。 価値のない品物を、価値があるように見せかけて売る事とは違う。それは詐欺だ。 無価値な品物に時間と手間をかけて価値を 持たせて高く売る。 そう、宝石みたいなものだな。くすんだ傷だらけの石ころを拾ってきて不要な部分をそぎ落とし、丁寧に磨くと秘めていた美しい輝きを放ち始め、やがて高値で売買される」  Jは私の顔を見、にやりと笑った。  そう、今の宝石は私の事だ。 Jは身寄りのない幼い私を施設から引き取り、自らが経営する小中高大一貫の学校に入れ、付属の寄宿舎に住まわせた。 そこには私と同じようにJに引き取られて暮らしている子が数十人ほどおり、大学卒業までそこにいる。卒業後は出て行くが、出て行くのと同じくらいの数の小さな子が入って来るので、全体の数は変わらない。私も来月には出て行かなくては。 Jの学校の生徒たちはほとんどが両親のそろった、それも社会的に高い地位にある家庭の子弟だ、その子達は基本的に自宅から通っており、一部の、私のような身寄りのない生徒だけが寄宿舎に入っている。 「住む所は見つかったかね、まだなら私が適当に見繕って世話をしようか」 「いえ、大丈夫です、就職先に独身寮がありますので、当面はそこに住むつもりです」  Jに紹介してもらった企業は一部上場でこの国では知らない人がいない大企業だ。普通なら随分と前から就職活動を行い、狭き門を潜り抜けてやっと入れる会社だが、私はJからの紹介状一枚であっさりと内定を貰えた。 入社後も一般の新入社員とは違う。秘書課に配属が決まっており、将来は課を任され、経営陣を影で支える事になる。  Jの紹介はそれだけの力を持っており、私達Jの子はそれに応えるだけの能力があるという事だ。  Jに引き取られてからずっと、高い教育を受け続けて身に着けた力。  そう、Jは見込みのある子供を施設から引き取り、特別な教育を受けさせ、企業に売って金を受け取っている。 企業側もJのお墨付きの人材になら金に糸目を付けない。一から育てる手間を考えると結局安上がりだと知っている。 私達が会社に入ったらJとの関係は切れ、行った先の企業の為に全力で働き結果を出す。  Jに養育費を返したり、企業の情報を売り渡したりはしない。そんな事をすれば次の子を受け入れて貰えないとJは分かっている。これがJの商売、金持ちになる方法だ。 Jはうなずくと、私の目をまっすぐに見る。 「卒業おめでとう、頑張りなさい」  私は一礼して部屋を後にした。
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