ゴールデンチケット

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お盆休み、小四になる息子の博と二人で巨大テーマパークに入場しようと、朝からごった返す人々に混ざって列に並び、やっと入場ゲートにたどり着いたと思ったら突然ファンファーレが流れだし、頭上にくす玉が現れて『一億五千六百万人目ご入場おめでとうございます!ゴールデンチケット当選です』と書かれた垂れ幕が下りてきた。  突然の事に戸惑っていると、派手な音楽と共にやたらテンションの高い男が現れ、博に向かって「ゴールデンチケットが当たったよ、感想を聞かせて、嬉しいよね」とマイクを突き付けた。横ではカメラが回り、周囲の人たちが何事かと遠巻きに見ている。 急な事に驚いて怯えた博は助けを求めて私にしがみついてきた。とっさに博を背中に回し、満面の笑みを浮かべている男に向かって一体何事かと問いただす。 「おめでとうございます、一億五千六百万人目ご入場、ゴールデンチケットが当選です、ご存知ですよねゴールデンチケット」 勿論知っている。このテーマパークで入場者百万人ごとに当たるチケットだ、二日間に渡って専属の案内人が付き、全てのアトラクションが待ち時間無し、全て無料で体験できる夢のチケット。大体一か月に一回当選者が出る。公式HPにそろそろ出ますよと書かれており、当たればいいね、と言ってはいたが、まさか本当に当選するとは思っていなかった。 何が起きたのかを理解した人々の羨望のまなざしから離れて別室に案内される頃には博も状況が分かったらしく、興奮した表情を浮かべて案内人を見ている。 「それじゃあ博君、どのアトラクションに行きたいかな」  案内人がパンフレットを指さしながら聞く。博は前もって行きたいと言っていた二十ほどのアトラクションの名を上げたが、すぐに欲張りすぎたかという顔で「ちょっと沢山言い過ぎました、減らします」と案内人に告げた。 「大丈夫、今日明日で全部回れます、余裕ですよ、何なら、それ以外のアトラクションもご案内出来るくらいです」という言葉に顔を輝かせて私を見上げる。 「勿論お父様も一緒にお楽しみいただきます」  案内人の声に私と博は大きくうなずいた。  その日は『ゴールデンチケット当選者様御一行』と書かれたタスキを掛けた案内人に先導されて十二ヶ所のアトラクションを回った。 二~三時間待ちが当たり前。六時間待ちもあるアトラクションの全てが待ち時間なしだ。 炎天下、長蛇の列を作っている人たちを飛ばすのはさすがに気が引けたが先を急ぐ案内人に促されてアトラクションに入る。 途中での昼食も一番眺めの良い席に案内され、高額な料理がすぐに提供された。 途中からどうも博の様子がおかしい。口数が減っている。はしゃぎすぎて疲れたのかと思ったが、なにか違う。 「どうした、大丈夫か」「大丈夫、楽しいよ」  そう答えるが、顔が曇っている。私は案内人に「息子が疲れたようだ、予定より早いがホテルに帰る」と告げた。  案内人は「ではナイトツアーと残りのアトラクションは明日にしましょう」と言い、これも私達が予約していたものより数段高級なパーク直営のホテルに案内してくれた。 「お父さん、これ」 部屋に落ち着いたところで、博がリュックサックから折りたたんだ紙を取り出してきた、 来る前に二人で立てた予定表だ。この夏休み、私と二人で(妻は下の子が小さいので留守番だ)情報を一生懸命集め、どのアトラクションを体験するか、どのルートで回ればいいかを頭をひねって考えていた。 この予定表だと初日にアトラクションを三つか四つ回り、二日目にも同じだけ回ろうとしていた。だがゴールデンチケットが当たったので今ではただの紙切れだ。 「ねえ、お父さん、明日はこの通りに回ろうよ。今日は沢山回って楽しいはずなんだけど、何だか詰まらないんだ」 「父さんは構わないけど、博それでいいのか」 「うん、上手く説明できないけどその方がいい気がする」  翌朝、迎えに来た案内人に、ゴールデンチケットは使わない、普通に回ると告げる。 「そうですか、分かりました。実は十組に一組か二組の方が二日目は辞退されるんですよ」  不思議そうに首をかしげる案内人を後に、博と二人パークに向かう。  炎天下の中、皆と同じように延々と並び、疲れ、愚痴をいい、思わぬアクシデントに振り回されて予定を狂わされ、二人とも不機嫌になり、険悪な雰囲気も漂った。  でも、それらを全部含めてが夏休みの楽しみだ、ゴールデンチケットでひたすらアトラクションを回るのはその楽しみを全て奪っている。夕方、帰りの電車で妻に話す土産話を楽しそうに語る博を見ながらそう思った。
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