ホワイト・ドロップ・アウト

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 ゆっくりと車を走らせ数十分。ようやく私の実家に着いた。  荷物を持って車を降りる。氷点下十度を下回る外気は肌が凍る感じがした。だが、その冷たさが逆に生きている心地がして、私は夜空に瞬くオリオン座を見つめながら深く息を吐いた。  それでも寒いものは寒いので早く中に入りたかったのだが、夫がなかなか車から降りようとしなかった。先ほどからエンジンをつけたり切ったり、カーナビの画面を指でタップしたりと車を弄っている。峠で起こった不調が気になるようだ。  エンジン音が家の中でも聞こえてきたのか、そうしているうちに姉が玄関から現れた。 「どうしたの? なんかあった?」 「ね、姉ちゃん……」  彼女の顔を見ると途端に安心してしまい、涙が出そうになった。そんな私を見て、姉は「なんだなんだ」とギョッとしたが、何か察したように眉間にしわが寄った。 「……とりあえず、二人とも中に入りなよ」 「う、うん」 「お邪魔します……」  姉に言われ、ようやく夫も自分の荷物を取って車を降りる。だが、家の中で待っていた父も私たちの異様な空気を感じ取ったのか、ソファーで寝転がっていた体を起こしあげた。 「おかえり。どうした、その顔。何かあったのか?」 「……まあ、ちょっと」  濁してみたが姉は腕を組みながら何か考えていた。彼女は昔から第六感が優れているので、そんな態度を取られると全部見透かされている気がして怖かった。 「……お腹も減ったでしょ? ご飯食べよう」  そう言って姉がご飯の準備をしてくれる。しかし、せっかく豪華なおせち料理が出てきたのに、私も夫も無言で食べていた。峠で見たあの影が頭から離れないのだ。  しばらく静かだった食卓だが、見兼ねた姉がついに私たちに問いただした。 「……来る時、なんかあったんでしょ? ちゃんと信じるから、何があったか話してくれる?」  夫が助けを求めるようにこちらを見てきたが、私も彼女に気圧(けお)されたので二人に峠の出来事を話した。案の定、父は「信じられん」と驚いていたが、姉は真顔のまま聞いてくれていた。 「多分それ……『境界』に入っちゃったんだよ」 「境界?」姉の口から出た不思議な単語を思わず聞き返す。 「あの世とこの世の狭間って奴。山とか川とか、そういう区切るような地形のところで稀に繋がっちゃうんだ。その影の他に気になる物は見なかった? たとえば……《!》の標識とか」  姉の問いかけに思わず息を呑んだ。あのおかしな異空間に入る前、確かにあの標識を見た。そしてその標識を過ぎたあたりから前を走っていた車が消え、カーナビの画面がおかしくなったのだ。
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