ホワイト・ドロップ・アウト

1/6
45人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 夫よ、無力な妻を許してくれ。 「年末寒波」に見舞われた北海道の正月。私は大吹雪の中で運転する夫を申し訳ない気持ちで見守っていた。  雪は昨晩からずっと降り積もっている。おかげで市内を抜けるにも渋滞でいつもの倍時間がかかった。夕方までには峠を抜けたかったのに、峠の入り口でどっぷりと日が落ちている。正月の帰省は毎年恒例とはいえ、実家でのんびりぬくぬくできるのはまだ先であろう。  それもこれも私の実家が人里離れた田舎にあるのが原因だ。片道車で二時間と広い北海道にしては比較的近い帰省先だが、山奥にあるせいで公共交通機関がない。  おまけに私はペーパードライバーだ。こんなツルツルに滑る路面と大雪の中の運転だなんて私のドライブテクニックでは降り積もった雪山に追撃して終わる。主に車と我々の命が。だからこうして夫に運転をしてもらっている。  峠に入ると車内で流していたラジオの音が途切れ始めた。ここに入るといつもラジオが繋がらなくなる。しかし、BGMがないのも淋しいので、私は車のオーディオをラジオからスマホのミュージックアプリに切り替えた。  電波があるうちに先に実家に着いている姉に「峠に入る」とメッセージを送る。すると、すぐに姉からソファーで横たわるだらけ切った父の写真が送られてきた。続いて「ゆっくりでいいよー」と返事が来る。この感じだと特に私たちの到着を待っている訳でもなさそうだ。  きっと今頃彼女は「昼間の酒は至福」とか言いながら一足先に酒を引っかけているしことだろう。早くに妻を亡くし、一人で暮らしている父だって、姉がいるから今日くらいゆっくり休んでいるはずだ。  急ぐことはない。とにかく無事に実家まで辿り着けることだけを考えよう。 「姉ちゃんも『ゆっくりでいい』って言っいいてるし、引き続き安全運転で頑張ってください、ご主人様」  ごまを擦る仕種で夫を応援すると、隣から「了解」と端的に返された。  少し目を離しているうちに、天候はさらに酷くなっていた。横殴りの強風で雪が舞い上がり、前方の視界をさらに遮断する。振り続ける雪も相まって数メートル先の景色すら見えない。頼りになるのは電灯と前を走っている車のライトだけ。  こういう時に役に立つのがカーナビだ。  ホワイトアウトで見えなくたってカーナビの地図で道を教えてくれる。そのおかげで、たとえホワイトアウトでも夫は迷うことなく進んでいた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!