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陰鬱な葉子
…そこへ『麻生さん、失礼しますね。お身
体具合どうですか?』葉子の声がした。僕は肝
に銘じた。若かったあの頃のような、必要以上
のアドバイスはやめよう。彼女は彼女なりの考
えがあるんだ。過去の僕といずれは出会い、結
婚してから長い時間かけて愛を深め合えばい
い。今の、72歳の麻生進にできることは、ただ
ただ彼女の話に耳を傾けることだ。
病室に入ってきた葉子はいつもの笑みを浮か
べていた。
が、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ陰鬱な表情をし
ている様にも見えた。 確かにこれは葉子だ。
僕の知ってる葉子に間違いない。確信に変わった。
「どうしましたか?猪俣さん、外出許可も出
たことですし、散歩しませんか?まだ、足元は
おぼつかないですが、ハッハッハ…。」
下手なりに笑って和まそうとして、声が大き
くなり過ぎた。『シッ!麻生さん、声が大きい
ですよ!他の患者さんに迷惑です!』初めて彼
女に怒られた。僕が「バツが悪い」というよう
な表情を浮かべると彼女も恥ずかしいそうに俯
いた。そうそう、当時の僕は堅苦しくてね。随
分と窮屈な思いをさせちゃったね。付き合っていた頃から。
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