カルピス

3/3

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
月曜日。 「いってきまーす」 「あぁ!大切なの忘れてる!」 机に置きっぱなしだった手提げを渡す。 「うわぁーありがと!」 「はい、気を付けてね」 「うん!」 玄関を走って飛び出していく依音。 「忘れず渡すのよー」 「分かってるよー!」 依音の元気な声が子供たちの列に紛れていく。 その姿を見て、全身の力が抜ける。 この一週間、ずっとドキドキしていた。 まるで私が恋をしているみたいに。 「依音、行ったか」 「あら早いのね」 寝起きのパパがあくびをする。 「最近は学校にお菓子持っていってもいいんだな」 パパはまだ不服みたいだ。 「先生の許可が出たんですって」 「ふんっ」 小さく鼻を鳴らしている。 「良い先生よね」 「大丈夫なのか?」 「何が?」 「いや……」 モゴモゴと何かを言いたげではあるが、何が言いたいのかは私にはよく分かる。 本当に渡せるのか。 いや、友チョコはみんなに配れるだろうけど、初恋相手の子にはどうだろう。 受け取ってくれるんだろうか。 その前に緊張して渡せないかも。 渡せても皆に茶化されて泣いちゃうかも。 そんな想像をしては不安が尽きない。 でも、もしそうなっても、何があっても、これは大切な思い出になると信じている。 だって、好きな人が出来た初めてのバレンタインだもん。 私はお菓子会社の人に感謝をする。 好きな人に何かができる機会をくれてありがとうって。 「まあ、大丈夫よ。依音だし」 母の余裕を見せながら、パパの朝ご飯の支度をする。 「いや、まあ……」 しかし、パパはまだ何か言いたげだ。 「何よ」 「いや……ほら……」 「何って」 「お返しとか……」 「え?」 一瞬フリーズしてしまった。 オカエシ そうだ、その事をすっかり忘れていた。 ホワイトデーがあるじゃないか。 「あぁ……」 私は膝から崩れ落ちる。 やっぱり不安しかない、娘の初めてのバレンタイン。 このドキドキは、まだ止みそうにないみたい。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加