いちご

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いちご

「ねぇねぇママ。ママの初恋っていつ?」 来た、恋バナだ。 私は娘の質問で少しだけ肩にけ力が入る。 「たしか、依音(いお)と同い年くらいの時だったと思うよ」 至って平然、過ぎたことですよ。そんな感じのニュアンスで、自然に答える。 「ふーん、そっか」 依音はそれ以上何も聞いてこなかった。 もっと昔のことを聞いてきたり、どんな人が好きだったとか質問攻めにあうと思っていたから、ちょっと拍子抜けをした。 娘の依音は小学4年生で、最近10歳の誕生日を迎えたばかりだ。 勉強は少し苦手だけど、素直な頑張り屋さんで、友達もすぐにできる社交性もある。 そして駄菓子と運動が大好きな、ごく普通な女の子。 10歳の誕生日に、友達からプレゼントとして子供が塗るリップとか髪留めとか、可愛い小物類を貰ってから、少しオシャレに興味が沸いてきたみたいだ。 「かっわいいなぁ」と思う。 「なに?ニヤニヤしてる」 「んー、何でもないよ」 危ない危ない。 こういう時、無理に好きな子を問いただしたりして母親から話を振ってはいけない。依音が自然に話してくれるのを待つのだ。 「ね、パパってまだ帰ってこないよね」 「今日は遅くなるんだって」 「ふーん」とまた前を向いてテレビを見始めた。 絶対に言いたいんじゃん。 恋バナ、したいんじゃん。 ウズウズする気持ちを懸命に抑えながら、食後の珈琲を作りに行く。 「私も飲む―」 後ろから付いてきた依音は、お菓子の棚を物色しながら言う。 「何飲むの?」 「んー、ココア」 「了解。あっまいの作ってあげるから、お菓子は止めておきなさい」 「へーい」と間の抜けた声を出し、依音はリビングに戻る。私は食器棚から小鍋を取り出し、丁寧にココアを作る準備をする。 牛乳と砂糖入りのココアとチョコレートとバター。これが時々作ってあげるとっておき。これを作ると、大抵のことは素直に話してくれるから話しやすくなんじゃないかな、と期待を込めて作る。 作りながら、本当に誰が好きなんだろうと考える。鍋の中の物たちを温めながら、依音との会話を思い出す。 よく話に出てくるのは、みんな女の子だった。その中に居たのかな。もしかして、女の子が好きとか?いや、幼稚園のころ、依音を受け持っていた先生と結婚するとか言ってたから、恋愛対象は男の子だと思う。その当時の依音は、恋多き女の子だった。 隣の家に住んでいた晴翔くん。幼稚園が一緒でよく遊んでいた蒼くん。バスで仲良くなった玲央くん。 みんなに「結婚する」と言いまわっていて、将来を心配したのを覚えている。 でも、小学生になってからは付き合うとか結婚とか言わなくなったし、結婚願望を露わにしていた男の子とは、そのまま仲が良い友達になっていったか疎遠になったかのどちらか。 それからは誰かを好きな素振りは全くなくて、そんなことより友達と遊んでるのが楽しいという、天真爛漫な子になった。 でも、いつか来ると身構えてはいたのだ。 いつか、本当の初恋を覚えるのだと。 “好き”がどういうものかを理解して、伝えるのか胸に仕舞うのか、上手くいったらどうするのか。 そうやって沢山考えながら恋をすることを、私はずっと待っていた。 小鍋からは、鼻の奥まで甘くなる匂いが漂っている。 「できた」 ふと、冷蔵庫にいちごが入っていたことを思い出しす。 いちごを余ったチョコレートを溶かしたボウルに入れ、まんべんなくチョコがかかったいちごを冷蔵庫で冷やしておやつにしようと考えた。 味見と称し、一粒だけ口に放り込むと、甘くて酸っぱくて、依音みたいだなと思った。
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