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「へいお嬢ちゃん、そんなに泣いてちゃかわいい顔が台無しだぜ」
そんな声が突然顔のすぐ傍から聞こえてきて、少女は驚きでぴたっと涙がやんだ。
少し前にもらったばかりのひとり部屋は広くて自由ではあったが、心細かった。両親が家を空けている今はなおさら寂しく感じ、ついベッドに座り込んで涙を滲ませていたのだ。
つまりこの部屋、この家には自分以外誰もいない、はずである。
少女は数度瞬きをして涙の残滓をふるい落とし終え、怯えを交えた表情で立ち上がる。
以前叔父から貰ったぬいぐるみを片手に、だれと硬い声を上げた。
「オレだよオレオレ」
オレオレ詐欺のような声かけは、胸元に抱いているくじらのぬいぐるみからだった。まだ物が少ないひとり部屋を見かねた叔父が、水族館に遊びに行ったときに買ってくれたのだ。
少女が驚いてついぬいぐるみを床に落とすと、ふぎゅうという間抜けな声を漏らす。
「……じーらん?」
「あーうんうんそうそう、オレじーらん」
何とも適当な返答だった。
いくら幼いとはいえ、水族館で『じーらん』という名のマスコットとして愛でられていたキャラがこんな気安い性格では、信用するのが難しい。
少女の胡散臭そうな視線に耐えきれなくなったのか、ぬいぐるみはおいおい勘弁してくれよと弁明しだした。
「折角オレが励ましてやってんのにさ。あれだろ、叔父さんが事故で大変なんだろ?」
少女には『キトク』も『ノウザショウ』も理解するには難しく、ただ叔父が事故のせいで眠ってしまったとだけ聞かされている。
それでも懐いていた叔父が事故にあったのはショックだった。そんな状態でひとり留守番をすれば涙だって出ようものだ。
それにしたってぬいぐるみがしゃべりだすなど予想外だが。
少女はこのしゃべるようになったぬいぐるみは何だろう、と床に落ちたそれをじっと見つめた。
おいおーいと呼んでくる中性的な声は聞こえるのに、にっこり笑みを浮かべた口は閉じられたまま。つぶらな黒色の瞳も瞬きなんてしないし、ゆったりとカーブした背びれだって魚のようにぴちぴち動き出したりはしない。
いったいこれの正体は何だろうとしゃがみ込んで考えた結果、この前母親が見ていた番組を思い出した。
「おじさんが中に入ってるの?」
母が凝視していたのは、死んだ人が別の人に憑りつくというホラー番組だった。この状況にかなり近いのではと思い当たり少女が尋ねると、えーあーうんうんと、適当な肯定が返ってきた。
「ほら、可愛がってた姪っ子が目の前で泣いてるわけじゃん? 叔父さんとしては励ますしかないよねっていうか?」
「じーらん……やさしいね」
「叔父さん認定の直後にくじら呼びされちゃ、スタイルに困るんだけど!」
「ありがとう、じーらんおじさん」
「うーんもっとイカした名前が良かったけど泣き止んだから結果オーライ!」
気の抜けた会話をぬいぐるみとしているうちに、少女はすっかりへこんでいた気分が紛らわされていた。それから両親が帰ってくるまで、軽快な口調で喋るぬいぐるみとの会話は続いた。
さて、しゃべるぬいぐるみのじーらんとの心温まる会話はこれで終わり、とはならず次の日以降も元気に話し続けた。
どうやらじーらんの声は少女以外には聞こえなかったため、ぬいぐるみは人前ではなるべくおとなしくしていた。
「ほら、オレ空気よめるからさ? フェアリー的な存在だって他の奴らにばれたら大変だし?」
少女のためというよりは身の心配らしい。実は結構小心者だというのを少女は割とすぐ知った。
じーらんはオレ叔父ソウル入ってるから、と事あるごとに少女を心配し、話しかけ、元気づけた。
ぬいぐるみの使う用語の意味が偶に分からないと首を傾げながらも、すぐ傍で構ってくれるぬいぐるみの存在は少女にとって割と頼もしかった。
両親には言いづらい事だって相談したし、逆にじーらんには言えず色々黙っていた事もあった。
何だかんだで、二人の秘密の関係は細々と、和やかに続いていたのである。
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