陽斗の思い、世那の思い

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陽斗の思い、世那の思い

 翌日、日曜日。  世那は陽斗の自宅に出向いた。陽斗の両親にお願いをするためだ。  インターホンを押すと陽斗の両親が世那を笑顔で出迎えてくれた。 「突然お邪魔して申し訳ありません。」 突然の訪問を詫びると陽斗の両親は笑顔で大丈夫だと言ってくれた。 「それで、世那ちゃんは何か話したいことがあって来たんだよね?」 リビングへ通され、ソファへ座ると同時に陽斗の父が話して欲しいと言ってくれ、世那は母親から聞いた話を話し始め、自分自身も陽斗には夢を叶えて欲しいからチャンスを手放す様な事だけはして欲しくないし自分自身に固執してほしく無いと話した。 「世那ちゃんの気持ちは…それでいいのかい?」 陽斗の父が聞く。 「はい。陽斗君の事は大好きです。本当は可能ならばずっと…一緒に居たいです。でも…それは私のわがままだから。」 それ以上の言葉がなかなか見つからない。 「陽斗は、世那ちゃんと離れたくないから、きっと留学しないと言うと思う。でも世那ちゃんが陽斗の夢を応援したいと言ってくれるのはありがたいし、親としても陽斗には夢を叶えて欲しいと思ってる。」 父は申し訳なさそうに笑い、世那はその笑い顔が陽斗にそっくりだなぁと眺めていた。 「必ず、陽斗君が留学を決意してくれるようお願いします。けど…それまでは彼の彼女として…過ごさせてください。」 「勿論よ。陽斗が色々な事に頑張れているのはあなたの存在が在るから。本当にありがとう、世那ちゃん。」 陽斗の母親に改めてお礼を言われ、世那は安堵して涙が出てきた。 「世那ちゃん、どうしたら二人にとって一番いいのかきちんと考えるんだよ。別れなくても他の方法もあるだろう?」 陽斗の父は時間があるからよく考えてほしいと世那に頼んだ。 『明日、日本へ戻るからな!んで、戻ったら直ぐに世那にお土産持って行くからな!』  陽斗は2週間の合宿を終え、世那に嬉しそうに張り切って帰国する事を伝えた。 「お土産、何?」 世那も嬉しそうに陽斗に聞く。 『お揃いの…パワーストーンのブレスレット。』 「どんな石?」 『水晶とラピス。作ってもらった。』 「え?!高かったんじゃないの?!」 『ううん。シンガポールは物価が日本より安いから大丈夫!俺の小遣いでもイケた!』 陽斗はそう言って笑うが、世那は少し切ない気持ちになった。  陽斗が来たら笑える自信など無く、泣いてしまうのではないかと思ってしまった。 「あ、サッカーの合宿どうだったの?色々な国から来たの?」 世那は泣きそうなのを堪え、サッカーの話をしようと思い話題を変えた。 「うん。韓国とか、中国とか。主にアジア圏の小学生とか中学生が来たよ。」 「そうなんだ。皆んな将来有望な選手なんだね。やっぱり皆んな上手?」 「そりゃそうだよ。俺も奏多もプロ目指してるんだぜ?同じ様な奴らばっか!厳しい事もコーチ達に言われたけど楽しかったよ。」 陽斗は嬉しそうに合宿中の話を世那に話し、世那も生き生きと話している陽斗の声を聞き、絶対に留学させなければと余計に思う。 「陽斗、高校…どうするの?」 世那は少し探りを入れる様に聞いた。 「ん?三つ葉だよ。推薦か特待狙えればなって…何で?三つ葉って俺言ったよね?」 「あ、うん。そうだったね、悠人と三つ葉学園に…」 「世那、どうかした?何か変だぞ。」 陽斗は世那のトーンが低く気になる。 「ううん、変じゃないよ。多分勉強で疲れているだけだよ。」 「休憩もしろよ。俺がそっち戻ったら、どっか遊びに行こうぜ。」 「うん。映画観たいな。」 世那は夏休みに公開された映画を見たいと陽斗に言うと、面白そうだからと言い、戻ったら必ず行こうと約束した。  陽斗が戻り2日後、世那は陽斗と一緒に映画館に居た。 世那が観たかった映画を見る為だ。バリバリの恋愛ものだ。  陽斗は男という事もあり、恋愛ものは全く興味はなかったが世那の為に我慢して観ることにした。 「何かさ、あらすじ見てると…俺と世那みたいだな。誰か俺らの事見てた?」 パンフレットのあらすじを読みながら陽斗はポップコーンを頬張る。 「陽斗、ポップコーン…映画観る前に終わっちゃうよ…。」 世那はポップコーンを食べ続ける陽斗の様子を見ながら(幸せだなぁ。)と思っていた。 「世那食べないの?」  陽斗は食べる様に勧めるが、既に中身は半分以下になっており、世那は苦笑いするしか無かった。 「陽斗、もう中身…ないじゃない?」 「あ…ほんとだ。ごめん。もう一個買う?今度は醤油バター。」 「美味しそうだけど、映画終わったらお昼だよ?」 「あ、そっか。ん?世那、そのバッグから見えてる本何?」 陽斗は表装の綺麗な本が気になり手を伸ばす。 「あ、これ?」 世那は本を陽斗に渡す。 「すべての瞬間が君だった…?」 陽斗はしげしげと本を見つめペラペラと捲る。 「うん。私、その本が好きなの。韓国ドラマの劇中で出て来て…素敵な本だなって…そしたらこないだ本屋さんで見つけて、直ぐに買っちゃった!」 世那は嬉しそうに話し、陽斗にも読んでみる?と聞くと、珍しく陽斗が「読む」と言い、上映時間が来るまで2人で映画館のソファに座り読んだ。 「何か…わかる気がする。」 「え?何が?」 「自分が此処に存在している理由がさ、好きな人の為に…自分を思ってくれている人の為に居るって考えたら、凄く…いいなって。心が暖かくなるっていうかさ…俺は世那が居るから、世那が見守ってくれるからサッカーが頑張れたり、自分自身を成長させられているなって…思うんだ。」 陽斗は世那が今この瞬間も隣で笑っていてくれる事に感謝しか無いと満面の笑みで『幸せだ!』と世那に伝えた。 「なぁ、やっぱりさっきの映画、俺と世那の話みたいだったな。」  映画上映後、観た映画が意外とツボだったらしく陽斗は映画の感想を延々と世那に話す。 「うん。ちょっと似ていたかな?面白かったけど。」 「でもさ、途中二人が別れて凄い何か胃がぎゅってなった。」 「えー?何で陽斗が胃がぎゅってなるの?」 世那は可笑しくて笑う。 「だって、何か俺と世那みたいで感情移入しちゃったっていうか…。」 「でも、最後はハッピーエンドだったから良かったって思った。」 世那はそう言いながらそっと陽斗の手を繋ぎ、陽斗もぎゅっと繋ぎ返す。 「世那。」 「ん?何?」 「俺らはずっと一緒に居ような。」 「うん、もちろんよ。陽斗の事大好きだもん。」 「俺も…大好きだよ。世那。」 エスカレーターで周りに人が居たが、陽斗は世那のおでこにキスをした。 「夏休み、過ぎてしまって、祭りの後…。」  夏休みが終りひかりは提出課題に頭を乗せて項垂れた。 「ひかり、どうしたの?」 「もう2学期じゃない…体育祭に文化祭…準備に追われて受験がやってくる…。そして彼氏も出来ずに中学生活を終えようとしている自分自身にイラッとする。」 「イラっとって…あー、そうだ今日から生徒会の仕事が…まぁ最後のお勤めだけど。」 世那は放課後は生徒会室でカンヅメだなと溜息が出た。 「世那、そういえば生徒会長だったね。忘れてたけど。」 「うん。…忘れてたって…。文化祭と運動会の役割プラン練らなくちゃ。」 「夏休みにやらなかったの?」 ひかりは世那にしては準備遅いね?と突っ込む。  夏休みは陽斗の留学の話を聞いてからイマイチやる気にならず、今日まで準備を先延ばししていた。 「うーん…何かね、やる気にならなかった。まあそうも言ってられないから今日から会議続きになるわね。」 「陽斗のこと?」 「まあね。でも、せめて来年の春までは楽しい思い出作りたいから沢山楽しいとこも行きたいし。」 「ねえ、ほんとに別れるつもりなの?」 「ひかり…陽斗のお父さんにも他の方法もあるだろう?と言われたけど…陽斗は頑固だから。」 世那はそう言ってひかりと別れ、生徒会室へ向かった。 「陽斗、世那に留学の事いつ言うんだよ?」 放課後、陽斗の家に悠人と奏多が遊びに来ていた。悠人はおやつに手を伸ばし、留学の話をしながら陽斗の顔を覗き込んだ。 「覗き込むな…世那ならいいけど…。お前はキモい。」 「なあ陽斗、絶対一緒にブラジル行こうよ!」 奏多も夏の海外合宿で合格点をもらい春からの留学許可が下りていた。 「陽斗、後から留学の事世那にバレたら…しかも高校入った後とかに…マジで殴られるぞ。」 悠人は世那に正直に留学の話をしてサッカー選手になる夢を叶えて来いと必死に説得を続けていた。 「分かってるよ!本当は…本当は俺だって行きたいよ!!けど…行ったらいつ戻れるのかも分からない、そのまま海外チームに入団の可能性もある!夢だけど…世那と離れる方がもっとイヤなんだよ!」 陽斗は久方ぶりにキレ出す。 「陽斗、わかるけど…こんなチャンスめったにないだろ?!何で目の前に世界に飛び出せる機会が転がってんのに自ら女ごときで手放そうとしてるんだよ!」 「女ごときって何だよ!世那は俺の大切な人なんだよ!謝れ!」  悠人の言い方に腹を立てた陽斗は掴みかかり二人は殴り合いの喧嘩を始め、奏多はそれを見てオロオロしていると、陽斗の部屋へ走って来る音がし、扉が勢いよく開いた。 「陽斗!!何してるんだ!!」  陽斗の父が丁度仕事から帰宅し、久しく聞いていなかった陽斗が怒った時の叫び声を聞き、ただ事では無いと走って来た。  陽斗と悠人、奏多は陽斗の父の前に座らされ、何が原因か話しなさいと厳しく言われ、陽斗はポツリポツリと話し始める。 「悠人が世那の事…女ごときって…」 「それは!陽斗が夢を簡単に諦める様な事言うから!しかも理由が世那と居たいからって!」 悠人はバカ過ぎると半泣きで陽斗の顔を見る。  陽斗の父は溜息を吐き、陽斗と悠人を見ると少し考え話し始めた。 「悠人君の陽斗を思う気持ちはよくわかったよ。ありがとう。」 「はい…」 「悠人君の気持ちはありがたいんだが…もちろんおじさんも陽斗にはサッカー選手になって欲しい。陽斗の幼い頃からの夢だからね。」 「はい…」 「でも、今陽斗も悩んでるんだ。とてもね。大切な世那ちゃんと数年離れる事になる。もしかしたら…数年ではすまないかもしれない。」 「はい…」 「だから、今は留学へ行きたい気持ちと、残って日本で…世那ちゃんの側で頑張ってみたい気持ちの狭間で悩んでいるんだ。そうだろ?陽斗。」 父は陽斗の気持ちを汲み取り、そうだろ?と聞いた。 「うん…留学へ行きたい…でも…世那を待たせる事も…もしかしたら…他のヤツに取られるかも…とか」  陽斗はずっと一人で抱え込んでいた悩みや気持ちを吐き出して涙が出て来た。 「行って来いよ、陽斗。お前なら絶対にすげーサッカー選手になれるから!それに世那は待ってるかもしれないし…いや、あいつはきっと待ってる!!」  悠人は陽斗の肩を抱き、穏やかに話した。幼い頃から一緒で陽斗の事をよく分かっているからこそ陽斗がウジウジ悩んでいる事に腹を立てて怒ってしまったと謝った。隣で見ていた奏多も一緒になって泣いた。 「ありがとう…二人共。世那に話すよ。留学するからって。頑張って来るからって。」 陽斗はそう言って全てを吹っ切った笑顔を見せた。  翌日、生徒会室 「陽斗…あなた生徒会役員じゃないのに…何してんのよ?」  世那は朝から陽斗がやたらべったり引っ付いて来る事に何となく何か言いたいんだろうと汲み取りはしていたが、陽斗が話を始めるまで辛抱強く待っていた。 「ん…世那と居たいだけ…」 世那の背中に陽斗は頬をくっつける。 「…陽斗…気持ちは嬉しいんだけど…皆んなにすっごい気を遣わせてるから、クラスの体育祭や文化祭の係の仕事が無いなら家へ帰りなさいよ。」 世那は陽斗の背中を押して生徒会室から追い出した。 「渡りで待ってるから。」 陽斗はそう言い残し生徒会室を後にした。  世那は急いで議題の話をまとめ、パソコンで議事録を作り、下校時刻ギリギリで渡りへ走って行くと、陽斗が夕焼け空を見ながら仰向けに寝転んでいた。 「陽斗、ごめんね。待った?」 隣に座り、陽斗の顔を覗き込むとふいにキスをされる。 「ちょっ!?やめてよ!先生に見られたら二人共ただじゃ済まないわよ!?」 世那は真っ赤になって陽斗の手を叩くが、陽斗は笑い、改めて世那を見つめる。 「世那。あのさ…俺さ……ブラジルに留学するわ。」 顔を見ながら話すのが気不味くなり、空を見つめながらやっとの思いで留学の意志を伝える。 「…やっと決めたんだ。」  世那は安堵の溜息を吐く。 「え?何で?知って…た?」 陽斗は世那の目を食い入る様に見つめ、黙ってしまった。世那の目は全てを理解していた。 「夏休みに…お母さんが悠人のお母さん達がスーパーでその話ししていたって教えてくれたの。」 にっこり笑って言うと陽斗は泣きそうな顔をしだす。 「ずっと…世那も考えていたんだよな…苦しめて…ごめん…。」 「ううん、いいの。でも陽斗はごねて行かないとか言いそうだなって…思っていたから、行くって言ってくれて安心した。」 「…最初は世那の言う通りだった。でも、夏休みに短期で海外へ行って…やっぱり皆んな凄いんだよ。プレーのレベルが高いっていうか…やっぱり海外でやりたいって…どうしても行きたくなった。」  陽斗が生き生きとサッカーの話をしている姿は世那にとっても嬉しいもので、陽斗が世界で活躍する姿を早く見たいと今は素直に思っていた。 「当然よね。頑張って行って来て。」 世那は陽斗に精一杯の笑顔で「応援してるから!」と続けると陽斗は切なそうな顔をする。 「寂しくないのか?」 「寂しくないって言ったら嘘になるけど、友達が居るから大丈夫。それにあなたが頑張っているって思えば…私も頑張れる。」  世那は立ち上がり秋の夕焼け空を見つめ、いつか陽斗が世界で活躍する姿を想像する。 「絶対サッカー選手になるから。それで日本代表の…ブルーのユニフォームを着て世那の見ている前でプレーする。絶対!約束する!」 「楽しみにしてる。だから…絶対叶えてね。」 「もちろんだ。」 陽斗は世那をぎゅっと抱きしめ、改めてサッカー選手になる決意を新たにし、世那は春で彼とは数年…もしかしたらもうずっと会えなくなるかもしれないと思った。 体育祭当日 「3B絶対優勝するぞ!」 悠人は朝から陽斗と張り切って教室で騒いでいた。 「あと少しであの二人のバカ騒ぎも見納めね。」 ひかりは保育園から見てきた悠人と陽斗のイベント時にはしゃぐ姿が見られなくなる事に寂しさを感じると世那に話し、世那も義務教育が終わるので皆と離れ離れになるのが寂しいと話した。 「皆んなバラバラの高校志望だもんね…陽斗と奏多はブラジルだし…世那、やっぱり国見でしょ?」 伊織は寂しそうに世那を見るが、世那はニヤッとし… 「青陵高校の衛生看護科に行く。」 「はぁ?!何で!?あんた国見行って国立大行って…医者になるんじゃないの!?」 ひかりは目を見開いて世那を見、伊織も口をパクパクさせていた。 「あー…やっぱりさ本当は私、勉強なんて好きじゃないの。高校3年間行って、その上大学6年なんて無理だなって…だから看護学科行って、そのまま青陵の専攻科入って正看護師になってさっさと社会人になろうと思って。」 世那は笑顔でそう言って二人を見た。 「青葉も青陵だっけ?」 ひかりは伊織に聞き、伊織は頷き「青葉いいなぁ、世那と一緒かぁ。」と羨ましそうに言うと、世那に「一緒に青陵入る?」と言われたが看護には興味が無いと首を振った。    体育祭が始まり、リレーは大いに盛り上がり、3年生全員でバカ騒ぎし、教師に「うるさい!」と叱られる程陽斗達は中学最後ということもあり楽しんでいた。 「やっぱり、陽斗は足早いね。」 リレーが終わり、世那は少し羨ましそうに陽斗に話す。 「あー…世那はカメさんだよな。」 陽斗が笑いながら言うと、世那は頬を膨らませる。 「そうなのよね。小さい頃は足早かったのよ?これでも。」 「え?マジで?まぁ、足遅くてもさ世那は頭いいからいいだろ?」 「…理屈はよく分かんないけど、そういうことにしておく。」 そう言いつつも拗ねると陽斗は世那の頭をヨシヨシと撫でる。 「あのー、あんた達?イチャつくなら家に帰ってからにしてもらえるー?」 ひかりは呆れた顔をしてラブラブにいちゃつく二人に毒づく。 「…いちゃついてない…」 「陽斗の顔がニヤついてるけど?世那さん?」 そう言われ、世那はどんどん赤くなり、陽斗もその顔を見て笑う。 「もぉ!何笑ってんのよ!?陽斗!!」 「いや…やっぱり照れ屋だなぁと思って。」 一つ一つの時間、瞬間が陽斗にとっては尊く感じ、世那も残された一日一日を大切に過ごして行きたいと思いながら残された時間を宝物の様にして思い出を紡いでいた。 「そういえば、体育祭終わったら2学期中間テストだね!」 世那は明るく友人達に話すと、陽斗やひかり達の表情が途端に曇る。 「テスト楽しいの…世那ぐらいじゃないの?」 伊織は毒づく。 「別に…好きじゃないし!でもやらなきゃならないなら楽しまないと。」 「いや…それ絶対お前だけだよ…世那…。」 陽斗は世那らしいなと苦笑いした。
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