カウントダウン

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カウントダウン

 行事が一通り終わり、期末テストも終了し冬休みが近づいてきた。 「あー…やっと冬休みがくるけど…受験勉強が…やだ…」 伊織は世那の部屋でひっくり返り、天井を見つめる。 「皆んなそう思ってるわよ。」 世那は呆れながら伊織を見て笑い、目の前の参考書に目を落とす。 「ねぇ、今日陽斗は?」 伊織は会わないの?と聞く。 「うーん…陽斗?今日はユースで練習試合よ。」 「忙しいねぇ。寂しく無い?」 「…寂しく無い。長期休みとか、土日もほとんどユースの練習試合とか、平日も一日だけ休みで、あとは練習だしで陽斗は忙しくしていて…それに…春から陽斗はブラジルよ?寂しいなんて言ってられないわよ。」 「ねえ世那、何年も陽斗待つの?」 伊織は心配そうに世那を見つめると、世那は小さく笑い、「本音は…待ちたいけど…陽斗の負担にならない様にしなくちゃ。」と泣きそうになるのを我慢しながら上を向き、そんな世那を見ながら 「負担にはならないよ…だって、あんな破天荒な性格のはちゃめちゃなヤツが世那の言う事だけは聞くんだもん。あんな破天荒だったヤツが世那の為にも自分の為にも頑張ってるんだもん…。陽斗にとって世那は宝物だもの。」伊織はそう言いながら世那を抱きしめた。 「陽斗ー!パース!」  奏多はユースの練習試合の待ち時間の寒さを凌ぐ様にグラウンドでボールを蹴りながら走り、ぼーっとしていた陽斗にパスを回した。 「っわ!!あぶねーだろ!奏多!!急にパスして来るな!!」 「陽斗がぼけーっとしてるからだろ?…世那の事考えてたんだろ?」 奏多はズバリと当て、陽斗の顔は直ぐに赤くなった。 「…地味に当てて来るな…お前は悠人か?」 「ウヒヒ。やっぱり気にかかるよな。」 奏多は幼い頃から変わらない笑顔で聞く。 「お前とは縁が深いよなぁ。また一緒にブラジルだし。」 「よろしくね。ダーリン。」 男に言われるダーリンという言葉に若干引き気味になる。 「世那にも言われた事…無いのに。」 「じゃあ俺一番か。」 笑いながら嬉しそうに言う奏多に陽斗はアホかと突っ込む。 「そうだ…奏多…お前彼女どうするの?芽衣と話したのか?」 陽斗は大丈夫なのか?と聞く。 幼馴染の奏多にいつの間にやら彼女が出来ていた事に陽斗は始め驚いたが、奏多の性格なら居ても当たり前か…と思っていた。 「うん。芽衣は待っててくれるって。」 奏多がにこやかに話すと陽斗は羨ましそうに溜息を吐く。 「いいな奏多…世那は…多分あいつの事だから俺への負担が無い様にって、きっと待たないって言いそうだから。」 地面を見つめ、スパイクで雑草を蹴る。 「そうだな…世那も変なとこ頑固だもんな。陽斗と同じで…よく似てる所もあるよ。」 「そうだな。似た者同士な所もあるな。全てでは無いけど。」  話しているとユースの監督がやって来た。 「陽斗、奏多。留学出発の日が決まったぞ。」 「いつからですか?」 「3月31日に出発だ。到着後に現地の語学学校へ入って、それ以外の時間はプロになる為の練習ばかりだよ。頑張れよ。」 監督は笑いながら話し、その後も陽斗と奏多に自身の経験を聞かせた。    旅立つ日が決まりその日の夜、陽斗は世那に連絡した。 「じゃあ…3月31日に出発なのね。」 『ああ。何か…ワクワクするし、緊張するし。南米の選手は体躯に恵まれて居るから、俺たち日本人は素早さとか練習しまくって技で勝負しないと。練習は大事!』 張り切って話す陽斗に世那は笑顔で聞く。 「素早さって、何かロールプレイングゲームみたいね。」 世那が笑い、陽斗もつられて笑い、ふと黙る。 「どうしたの?陽斗?」 『世那、クリスマスプレゼント…何が欲しい?』 近付くクリスマスに向けて陽斗なりに考え、留学する前に絶対に世那に何か渡そうと決めていた。 「うーん…陽斗は?どんなもの欲しい?私…お揃いの物がいい。」 「お互いの小遣いで買えるものだもんな…。」 「何かあるかな…あ、あの雑貨屋さんにあるかな?」 世那は陽斗に告白をされた日に行った雑貨屋を提案した。 「あ…そうだな!そうしよう。今度の日曜日にでも行こうか?」 「うん、行こう。凄く楽しみ。陽斗とゆっくり会えるの久しぶりだもの。」  日曜日  陽斗は珍しくユースが休みで、駅前で二人は待ち合わせして雑貨屋へ向かう。 「一年半前に行ってから…久しぶりにこの辺りへ来たね。」 世那は陽斗と手を繋ぎながらニコニコして話す。 「そうだな、久しぶりだよな。今日だけじゃなくて俺がブラジルへ行くまで思い切り遊ぼうぜ!」 「陽斗…私受験があるんだけど。一応。」 世那は驚いた顔をして陽斗を見ると「そうだった。」と笑う。 「でも、今までの功績で青陵は推薦で入れるから多分大丈夫だけどね。」 「何だよ。じゃあ、遊べるんじゃん。あ、そうだ。何買う?プレゼント。」 「うーん…」 世那は思う事があるが、恥ずかしくて言えずチラチラと陽斗を見る。 「何か言いたげだな。遠慮せずに言えよ。」 「ペアリング…」 「え?」 「あ!!いや!嫌ならいい!!重いよね!!ごめん!!忘れて!!」 世那は重い女だと思われるのが嫌だと思い、急いで忘れてくれと頼んだが、陽斗はふっと微笑んだ。 「いいよ。ペアリングにしよう。俺もそう思ってた。」 「ほんと?」 「うん。留学行っている間の心の支えにする。」  どんなものにしようか二人でとりあえずのイメージを固める為に公園でスマホを見る。 「柄モノよりもシンプルなモノの方がいいよな?」 陽斗は見ながら世那に提案する。 「うん。でも柄とかあった方がファッションリング的でいいと思うけどな…特に陽斗おしゃれだし。」 「え?わかる?はは、まぁ別に普通だと思うけど、ありがとう。でも世那は柄が入っていてもいいの?」 「うん。何にも無いと…何か結婚指輪…みたいじゃないかなって…。」 「そっか。それは本番にとっておいた方がいいよな。」 「え!?ほ?!本番!?」 びっくりして目をまん丸にしていると、陽斗は世那の手を取り、そのつもりで居て欲しいと伝える。 「俺は必ず世那を迎えに行くよ。暫く…数年は…会えないけど。けど絶対に世那と…」 陽斗は真剣に世那を見つめて考えて考えて考え抜いた結論を話す。 「ありがとう、陽斗。でも、まだ中学生なんだもん。そんな先の未来を今決めちゃだめよ。嬉しいけど…」 「世那が何と言おうと俺はそう決めたから。さ!雑貨屋行こうぜ!!」 陽斗は世那の手を握り雑貨屋へ向かう。世那はあと数カ月しか一緒に居られない陽斗の姿を見ながら寂しさを悟られない様に泣くことを必死に我慢した。  陽斗には自分自身の事を…強くて、勉強が出来て、いつも笑顔で、友人や先生たちから慕われている聡明で明るい立花世那の姿をずっと覚えていて欲しいと思っていた。けれど、本当は見苦しいが心の中では行って欲しくなくて、ずっと側に居て欲しくて、行かないで!って泣いて叫びたかったが、プロサッカー選手になる為に幼い頃からずっと頑張って来た彼の夢を壊す事だけは絶対にしてはならないと無理矢理言い聞かせていた。  そして年が明け学年末の試験も終り、陽斗と奏多は他の友人たちの受験に向けての姿を横目に、放課後はユースの練習に明け暮れていた。 「奏多!!」 「芽衣!」 ユースの練習場に奏多の恋人芽衣がやってきた。 「どうしたんだよ。珍しい。」 「ふふ。ごめんね突然。奏多の練習している姿が見たくて来ちゃった。」  陽斗は「ケッ」と言いながら横を向いた。 「何だよ、陽斗。ヤキモチ?」 「何のヤキモチだよ!!」 「俺を芽衣に取られるから?」 「アホか!!」 陽斗はにやにやしている奏多の頭にタオルを投げつける。 「あ、陽斗。世那に待っていて欲しいって伝えた?」 芽衣はにこにこっとして陽斗に聞く。 「あぁ。軽くプロポーズ迄してしまった…。」 『はぁ!?』 奏多と芽衣は「極端だ…」と唖然とした。 「何か話していたら言ってた。でも世那はまだ中学生でそんな先の事を決めるのは時期尚早だって。」 「そうだな。外国と日本と…てかブラジルなんて日本から目茶苦茶遠いし。数年離れるから世那だって実感ないと思うぞ。」 「そうよね。きっと現実味が無いから言っただけよ。プロポーズされて嬉しくない女性は居ないわよ。」 「そうなの?!」 奏多はいつも通りですっとぼけ、芽衣は苦笑いした。 「とにかく、俺は死ぬ気で頑張ってプロサッカー選手になる。それで早いうちに世那を迎えに行く。絶対に。」 陽斗は自分自身に言い聞かす様に改めて決意を奏多と芽衣に話した。  そして陽斗は立ち上がり、夢と目標を果たす為練習に戻って行った。 「早いね…もう卒業だ…」 3月。 中学の卒業式の日を迎えた。 卒業式を終え、ひかりはしんみりしながら仲間の顔を見渡す。 「本当に早かった…何か小学校からの9年間なんてあっというまだったね。」 伊織も貰った卒業証書を見ながら涙ぐむ。 「伊織、ひかり。ありがとう。楽しかったね。」 世那ももらい泣きしそうな状態になりながら二人に感謝を述べる。  保育園が学区外で小学校へ入学した頃は友達も居なくて学校へ行く事が苦痛だった。  小学校の3年生で陽斗と同じクラスになって、ある日花瓶が倒れ、反射的に片付けなくちゃと思って動き出した時に陽斗に怒鳴られ、その頃は本当に陽斗が苦手で怖かった。  高学年で陽斗とまた一緒になり、最初は苦痛だったが、委員会が一緒になり、いつの頃からか仲良くなった。 陽斗が笑いかけてくれたり、ちょっかいを出して来たりして段々と慣れて来た。 ひかり達とも仲良くなり、楽しい学校生活が送れた。  そして、怖かったはずの男の子…陽斗という素敵な彼氏も出来た。まさかこうなるとは小学校3年生の頃は思っても居なかったが…きっとこの経験は生涯忘れないだろうと世那は思い返し、考えていた。 「世那!!」  陽斗がなかなか来ない世那達を探しに来た。  正門前の所で皆んなで写真を撮ろうと世那たちを迎えに来て早くしろと急かす。 「陽斗。ごめん、今行く。」 「悠人や奏多たちも待ってるから早くしろよ。」 「うん。ひかり、伊織、行こう。陽斗も!」 世那は陽斗と手を繋ぎ二人と一緒に正門へ向かった。  写真を皆んなで撮り、9年間一緒に過ごした仲間達と最後の時間を過ごした。    その翌週受験があり、仲間たちはそれぞれ希望の高校へと合格した。  陽斗と奏多は留学の準備に追われ、世那も陽斗と思うようになかなか会えず、ビデオ通話で話す日が多かった。  もう直ぐ会えなくなるのに…と互いに思ったが、陽斗も準備や練習でクタクタになり、なかなか会いに行けずに日にちばかりが過ぎた。  そして3月31日。  とうとう陽斗と奏多のサッカー留学への出発の日がやってきた。 「じゃあ、陽斗、奏多元気で頑張って!」 二人と幼馴染のひかりが珍しく泣きながら二人に別れの言葉を話していた。 「泣くな、ひかり。俺も陽斗もSkypeで連絡するから。」 「うん。わかってる!!」 ひかりは鼻を真っ赤にして陽斗も奏多も笑っていた。 「悠人。世那の事頼むな。あいつが困ったり泣いていたら力になってやってくれ…」 「ああ、任せとけ!」 陽斗は唯一信頼できる友人の悠人に世那の事を頼んだ。 「てか、世那は!?彼氏が留学するのに、来るって言ったのに見送り無しかよ!?」 陽斗はキョロキョロして辺りを見回すが世那の姿は何処にも無かった。 「陽斗。」  陽斗の父親が一通の封筒を陽斗に手渡す。 「これ…」 封筒を見ると世那の字で『陽斗へ』と書いてあった。 「世那ちゃんから預かっていたんだ。今日ここへ来なかった理由もそこへ書いてある。飛行機に乗ってから読みなさい。」  陽斗の父が話終わると丁度搭乗手続きが始まった。 「行って来ます!」 陽斗と奏多はブラジルへ向かう飛行機へ向かった。  飛行機に乗り、シートベルトを締めるとほどなくして飛行機は出発した。 「陽斗、手紙読んだら?」 奏多は陽斗に手紙を読むように促した。 封筒を開けると、世那の字で便箋はびっしりと埋まっていた。 『陽斗へ  この手紙をあなたが読んでいる頃は…もう飛行機が出発したわよね?空港へ見送りに行けなくてごめんなさい。どうしても行けなかった。行ったらきっと見苦しく泣いて、行かないでって縋って…あなたを困らせてしまうと思ったから。あなたがサッカーを頑張っている姿を小学校の頃から見ていて、サッカー選手になりたいって夢を小学校5年生の時にパネルに書いていて…凄いな…って思った。それで、やっとその夢に手が届きそうになっているのに私が泣く事によってあなたを困らせたくなかったの。  陽斗。今まで私の事をずっと好きで居てくれて、守ってくれてありがとう。陽斗には感謝しかない。小学校の頃は破天荒なあなたに唖然とする事が多かった。私が無表情でもあなたは満面の笑みで私を見つめたり、かと思えばちょっかい出したり驚かせようとしたり、けど私が困っていた時は助けてくれたり。他の男友達と話していると突然私の隣に来てにこにこっとしたり…中学であなたに色々な人達の前で告白された事。あれ、一生忘れないわ。数年だったけどあなたとの思い出が意外と沢山ある事に気付いた。ブラジルへ行って沢山の仲間を作って、奏多と日本代表のユニフォームを着て戻って来てね。楽しみにして待ってる。あなたの事を好きになって、あなたの彼女になれて本当に良かった。幸せでした。本当に、本当にありがとう。   立花世那』 「何だよこれ…別れの手紙みたいじゃねーかよ!!」 陽斗は叫んだ。  
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