それぞれの時間

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それぞれの時間

 陽斗がブラジルへ旅立ち数日後、世那は看護師専門の青陵高等学校の入学式を迎えた。  中学へ入った頃は医者になるのが夢だった。 小学校の頃から優等生を続け、中学でもそれは続き、毎日張り詰めた中で自分を抑えていたが、そんな中でも世那の鬱積した本心を見破ったのは、他の誰でもない… 河崎陽斗、ただ一人だけだった。     本当は勉強なんて嫌い、優等生ぶる自分自身に反吐が出る。 けれど陽斗と居る時は素の自分で居られる、飾らなくても、わがまま言っても陽斗は本当の立花世那を受け入れてくれた。  辛い時も、悲しくて泣けた時も悔しくて泣いた日も、どんな時でも陽斗は世那を愛して支えてくれた。  だからこそ彼の夢を守りたかった。  彼の夢を応援したかった。  世那にとって河崎陽斗は世界で一番大切な人だからこそ世界で羽ばたく陽斗を見たかった。    そして、世那は陽斗の手を離した。 「世那さぁん!!クラス発表見ました?」  青葉が世那の所へ走りクラス発表の掲示板が出ていると伝えに来た。 「青葉。私、未だ見てないの。あなたは見たの?」 「見ましたよ!!一緒です!!世那さんよろしくね!!」 嬉しそうに言う青葉の様子に世那は微笑み、これから始まる高校生活に少しの不安を抱えたが、(陽斗もブラジルで頑張ってる…)と自分自身に言い聞かし春の青空を見上げた。 「陽斗!!外国語の勉強が辛すぎる!!ヤバすぎる!!英語よりわかんない!!」  ブラジルへ来て数日後、陽斗と奏多は現地の言葉の習得の為に毎日ポルトガル語の勉強に勤しんでいたが、いかんせん奏多はともかく、陽斗は勉強が苦手なのもあり四苦八苦していた。 「お前日本語だってヤベーじゃん。」 陽斗は騒ぐ奏多に毒付く。 「はぁ!?陽斗なんか人間性もヤバいのに、俺言われたくないし!?てか、ほんとに言葉…何で英語じゃないんだよー!?」 「うるせーなー!仕方ねぇだろ!!俺なんかもっとわかんねーよ!!あぁ!!もう!!こんな時世那が居てくれたら余裕なのに!!」 陽斗は勉強と言えば立花世那だ!!と叫んでいる。 「…陽斗、素直に世那に連絡すればいいのに。絶対に別れない、毎日声が聞きたい!迎えに行く!愛してる!!抱きしめたいって!!」 奏多は素直になれよ…と陽斗に助言するが、陽斗も陽斗で「別れてねーし!!暫く会えねーだけだし!!」と頑なに譲らず、世那に連絡をせずに居た。手紙の内容の事もあり、陽斗もチームに所属して世那が楽しみにしている日本代表戦に選手として出場するまでは覚悟を決めようと決意し、世那との連絡は絶つことに決めていた。そうでないと世那の決意を無にする事になると思っていたからだ。 「俺は素直に芽衣と連絡取ってるよ。Skypeやってる。いいでしょ?」 奏多は芽衣とのラブラブ具合を陽斗に話し、陽斗はイラっとしてボールを奏多に蹴り飛ばす。 「俺の前でお前と芽衣の話するなーっ!!このバカップルがぁ!!」  その頃、看護科へ進んだ世那は毎日勉強に明け暮れ看護師になる事のみ考えて生きていた。  休日も勉強に集中したり、たまにひかり達と会い、出来るだけ陽斗の事を考えないようにしていた。  そうでないと陽斗の事を思い出し、涙が溢れ止まらなくなるからだ。  けれどひかりから聞いた、陽斗と奏多の移籍先のユースのホームページをたまに検索して調べる。少しでも陽斗の事を知っていたい気持ちはあったからだ。だがポルトガル語で全て書かれており全く分からなかった。  そこで世那は普段の勉強に加えてポルトガル語の勉強も多少して、一応の意味は分かるようにして行った。少しでも陽斗の情報が欲しい。何処かに写真は無いか?インスタグラムでも探してみたがなかなか無かった。  陽斗と奏多がブラジルへ来て早い物で3年の月日が流れていた。二人とも何とか現地の言葉が話せるようになり、努力の末にハイスクール卒業資格を得て、いよいよプロサッカー選手になる為のテストを受ける日が近づいていた。 「陽斗、一緒のチームに入りたいね!!」 奏多は近づくテストに不安でいっぱいの表情をしていた。 「うん。入れればな。俺は出来ればフラメンゴに入りたいけど。せっかくだから。」 陽斗はブラジルリーグの人気ナンバー1のチームを挙げた。 「え?!倍率凄いじゃん!!無理だよ!!無謀だって!!」 奏多は「お前やっぱり馬鹿だろ!?頭イカれてるだろ!?」と喚く。 「不可能を可能にする。それが俺!!HISATO!!河崎陽斗様だよ!!」 陽斗は自分自身を鼓舞するように言う。 「…何か、最近また破天荒ぶりに拍車がかかった?陽斗?」 奏多は幼馴染ながらついて行けない時があるよ?とぽそりと言い陽斗を見つめる。 「人気ナンバー1チームに入らないと、世那と離れた意味が無いからだよ!!世那が辛い気持ちで決意した事を無駄にしたくないんだ!俺自身も自分が頑張って来た意味を持ちたいんだ!!」  陽斗は自分に言い聞かせる様に奏多に話し、夢を叶える為に練習を始めた。  世那と青葉は青陵高校看護科を卒業し、とうとう専攻科へ進んだ。 正看護師の国家試験を受ける為にあと2年通う。 「青葉、10月からの実習の為の実習ノートもう用意した?」 世那は実習着を畳みながら青葉に確認していた。 「はい。用意しましたよ、もちろん!世那さん、未だですか?」 青葉は珍しいとほのぼのと笑う。 「うん。何かさ、専攻科になると実習でも先輩看護師さん達も厳しくなるだろうし…ちょっとここの所緊張気味なのよね。」 「世那さんでもそんな事あるんですね。」 「あるわよ。人間だもの。」  世那はにこっとしてスマホの画面に目を落とす。 そこにはブラジルリーグの記事があった。 ブラジルで有名なチームの9月入団新人選手の名簿一覧が載っており、世那が真剣に読んでいると、 『HISATO・KAWASAKI』 『KANATA・KIMURA』 二人の名前と顔写真が載っており、世那はほっとして胸をなでおろした。 「よかった…やったね、陽斗。夢叶ったね。」 世那は呟きスマホの画面を閉じると、心晴れやかに青葉と午後の授業へ向かった。  人気チームに入団を決めた陽斗と奏多は毎日を慌ただしく過ごしていた。 やはり現地の選手達の腕前は目を見張るものがあり、勉強の日々だ。 2人は一日でも早く試合に出場したいとウキウキする。 「なぁ、陽斗。ブラジルのチームに入ったのはいいけど…いつか日本へ戻る?戻りたい?」 奏多は日本が恋しくて仕方なくなっており、口を開けば日本食の話と芽衣の話だ。 「そりゃ…いつかは…日本代表に選ばれたらそこを区切りにって思ってる。ただ…正直言うとヨーロッパリーグも興味あるし。」 陽斗は欲も出てきて、サッカー人生を謳歌したいと思う反面、世那の為に日本へ…という気持ちも奏多と同じ様にあった。 「なぁ、いつ、世那を迎えに行くんだよ?あんまり放っておいたら世那だって…」 「わかってるよ!!けど、日本代表に先ず選ばれないと…世那の夢叶えたいんだ。」 陽斗はいつか約束した事を考えながら自分の足元をじっと見つめた。 『絶対サッカー選手になるから。それで日本代表の…ブルーのユニフォームを着て世那の見ている前でプレーする。絶対!約束する!』 中学の頃、世那にブラジルへ留学すると伝え、その時世那に宣言した言葉を思い出す。 そして「俺達はやれる事をただやるのみだ。」と奏多に話した。 「HISATOー!KANATAー!」  数日後、2人は監督に呼ばれ走っていくと、日本からSkypeで連絡が入ったと言ってきた。  そして、2年後のU21日本代表の強化選手に選ばれた事を知った。 「やったな!奏多!!けど、まだひかりには言うなよ。強化選手ってだけで出られるかわかんねーんだから。」 陽斗は夢がどんどん近付くのが嬉しくてテンションが上がる。 「わかってるよ!!陽斗、思ったよりも早く世那を迎えに行けそうだね!良かったね!」 奏多も幼馴染の陽斗の目標が早く叶い、嬉しく思っていた。  世那…俺、日本代表戦の強化選手に選ばれたよ。世那と離れて辛くて…心がどうかなりそうな時もあった…でも世那と俺の2人の夢を叶えたくて…世那に追いつきたくて…頑張ったよ。世那、もうすぐ迎えに行くから…絶対代表入りしてみせるから、あと少し俺を待っていて…。 陽斗は空を見上げて世那への思いを馳せ、首元の世那のイニシャルが入ったペンダントを握りしめた。  
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