愛に溶ける人魚姫

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 水槽の硝子越しに、人魚は外を眺めていた。  海では見ることができないものばかりだ。庭に咲く花や生い茂る緑のアーチも、庭を跳ねるウサギなどの小動物も海からは見えなかった。  毎日、人魚は飽きもせずに、それらを眺めて過ごしていた。小鳥は可愛らしい声で鳴き、歌いたいのか口をパクパクとさせる人魚を誘う。誘われた人魚は躊躇いつつも、鳥の歌声に合わせようと何度も口を開く。  しかし、彼女は声を失っていた。人魚は自分から望んで陸に上がったわけではないのに、美しい声を奪われたのだ。  奪ったのは海だ。海に愛されていた人魚は、海から攫われるときに助けてと叫んだ。それが、人魚の発した最後の声となる。人魚の声は海水に溶けて、海の一部となった。海が彼女の残した声を、海の中に閉じ込め隠してしまった。  狭いケースに閉じ込められ、人魚はこの家にやってきた。人魚は自分がここに来るまでに人間たちの間でどんなやり取りがあったのか知らない。ただ、岩場を模した箇所のあるガラスの水槽に入れられて、海水ではない塩分が入っただけの水に浸かっている。足がなければ逃げられないと思ってなのか、水槽に蓋はついていなかった。
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