愛に溶ける人魚姫

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 女はよく手入れのされた指で、岩場に座っていた人魚の薄紫色の淡い髪を一房掴んで軽く梳く。男は褒められたことに気を良くしたのか、上機嫌でその隣に立った。  しかし、その瞬間。  女の指を掴んで人魚は大きく口を開ける。魚を生のまま噛み砕く人魚の歯は鋭く尖り、噛む力も強い。女の美しい指は、あっという間に人魚の口の中に消えた。  途端に響き渡る女の絶叫に、男は青ざめる。女は男の新たなスポンサーで、婚約者だった。指を失った女が喚き散らすが、それは人魚への怒りではなく男への罵詈雑言だ。  我儘で口うるさく言う自分よりも、男が人魚に愛情を注いでいたのを女は知っていた。そして、人魚が男の気を引くために自分を攻撃したことにも気が付いた。  一噛みで四本の指を飲み込んだ人魚は、涼しい顔をして水中に潜ると満足そうに笑う。口端から赤い色を漂わせ、美しく妖艶な笑みを見せる人魚。それを目にした男は感動と同時に恐怖を抱く。美しすぎる人魚は危険だ。  男は喚く女と人魚を天秤にかける。男のこれからの人生で必要なのは、喚き続ける女の方だった。
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