愛に溶ける人魚姫

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 男は、聞こえるはずのない人魚の声が聞こえたような気がして動きを止める。甘く耳に入り込んで、思考を濁らせるような声だった。微かに潮の香りを感じる。  先程人魚を殺すよう命じた者を、男は躊躇いなく撃った。 「なに馬鹿なことしてんのよ! 殺す相手を間違えてるんじゃないの?」  それを聞きながら、男は今まで女に向けたことのない愛情深い笑みを浮かべ、その手を取った。男がやっと自分を見てくれたと感じた瞬間、女は勢い良く水槽の中に突き飛ばされる。 「海に帰るなら栄養をつけないとね」  狩りの時間だ。人魚は岩場に逃げようともがく女の側まで、悠々と泳ぎ腕を絡ませる。絡んだ腕を外そうとすると水の中に引き込まれ、逃げようとすると絡む腕は強くなる。 「なんで、どうして……!」  絡み合う人魚と女を前に、男は酒を片手に椅子に座る。水槽の真ん前にある、いつもの特等席だ。  女は悲痛な面持ちで男に告げる。まだ、ほんの少しは望みがあると夢を見て。 「嘘よね。私をこいつの餌にするの? 私はあなたにとって女神じゃなかったの?」 「そうだったはずなんだけど、その子が帰りたいっていうからさ」
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