初恋と花嫁

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初恋と花嫁

「最初、招待状がちゃんときたときは、驚いたわ」  百合(ゆり)は言った。 「信吾(しんご)佳純(かすみ)さんに『出したい人に出していいよ』って言われたとしか言っていなかったけど、本当はもっといろいろそそのかしてくれたんじゃないの?」 「いいえ、わたしは本当にそれしか。彼が迷っている感じだったら、『わたしも会ってみたい』とか切り込んだことを言おうと思ったんですよ」 「余程わたしに想いがあったのね」  百合は口許に手を当てて笑った。 「わたしの方だって、百合さんがここまで協力してくださるなんて思いませんでした」 「言ったでしょう。わたしだって困るのよ」 「利害が一致していて、本当に助かりました」  一通り各々の感想を言い合うと、百合はふうっと息を吐いた。 「じゃあわたし、そろそろ戻るわ。あまり長居して信吾に戻って来られても困るし」 「そうですね。本当はもう少しお話したかったですけど」 「あら嬉しいこと言ってくれるわね」  そう言うと、百合は椅子から立ち、ドアの前に立つと、ドアノブに手を伸ばした。しかし、あっ、と手を引っ込めた。一つ、気になったことがあったのだ。 「ねえ、佳純さん」  百合は佳純の方に振り返り、声を出した。 「はい」  佳純は返事をする。 「もし、わたしがあなたを裏切って、信吾ともう一度関係を持とうとしていたらどうする?」  百合は真っ直ぐと佳純を見つめた。  一方の佳純は、うーんとゆっくり首を横に傾けた。そして、少し考えると返答した。 「結婚を諦めます」 「え?」  意外な答えに、百合は思わず訊き返した。  しかし、佳純は気にせずすらすらと理由を述べる。 「だって、そこで無理やり取り返したら、信吾と同じになっちゃうじゃないですか。わたしは彼のことが好きだけど、あんな人にはなりたくないな」  佳純は最後の一言のところでふっと笑った。  しっかりしてるなあ、と百合は思った。まだ結婚は経験していないけれど、花嫁ってもっとラブラブな感じだと思っていた。しかし、結婚式というイベントだけがあって、それ以外は案外、普通の生活を送るだけなのだ。  百合は少しうんうんと頷いて、そう、と言った。 「あなた、面白い人ね。これからも仲良くできそう」 「じゃあ、今日が終わって落ち着いたらお茶にでも行きますか。必ず連絡します」 「美味しいお店、リサーチしておかなきゃ」  百合も佳純もふふっと笑い合った。二人は時効まで逃げ切った犯罪者みたいに笑った。  ひとしきり笑うと、百合はもう一度ドアノブに手を伸ばした。今度は手を引かず、しっかりと握った。そして、手前に引き、身を半分、ドアの奥に入れた。 「佳純さん、おめでとう」  本来、部屋に入ってきたときに言うべきだ、と百合は少し思った。 「ありがとうございます」  佳純も順番が違かったな、と少し思ったが、座ったまま頭を下げた。  百合はまだ部屋の中だった身の半分も廊下に出すと、音を立てないようにゆっくりとドアを閉めた。本当に本当に気を付けたから、音は手許で小さくカチャンとしただけだった。  
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