初恋と…

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初恋と…

 信吾が控室を出ていったあと、百合はとある人の部屋の前にいた。自分の控室とは違い、装飾のある豪華なドアである。  百合は廊下を軽く見渡した。誰かが見ていたら説明が面倒だし、相手に迷惑をかけてしまう。しかし、幸い、誰も通らないようだった。  百合はドアの真ん中に右手の人差し指の第二関節を当てて、三回ノックした。 「佐藤(さとう)です」  すると、ドアの奥からすぐに返事があった。 「はい、どうぞ」  百合はその声を聞くと、ドアノブをひねって中に入った。  そこにいたのは、ウエディングドレス姿の佳純(かすみ)だった。綺麗な黒髪から伸びるベールと、床に広がるスカート部分の裾が、大きな窓から入る外の光をきらきら反射していた。確かに美しかった。  佳純はセットした髪型が崩れないようにしながら百合の方を向いた。 「百合さん、外には誰もいませんでしたか?」  佳純は挨拶よりも先にそう尋ねた。 「ええ。静まり返っていたわ」  百合がそう答えると、佳純は胸をなでおろした。  今度は百合が尋ねる。 「信吾は?」 「さっき、お友達に挨拶すると出ていきました。控室に戻るときは連絡をするよう言ってあります。こちらも支度があるから、と」 「用心深いわね」 「バレたらせっかくの百合さんの頑張りが、無駄になってしまいますから」 「あら、ありがとう」  しかし、緊張感のある言葉とは反対に、二人は笑いあった。 「気付かなくてごめんなさい。お座りになってください。お疲れになったでしょうから」  佳純は手で自分の前にある椅子を百合に勧めた。  百合はどうも、と腰を下ろした。そして、ふうっとゆっくり息を吐いて体の力を抜くと、椅子に深く座り直した。 「それにしても、計画が上手くいって良かったわね」  百合が言った。 「本当です。事前にバレていたのかもってぐらい」  佳純も安堵の表情である。 「最初に話を聞いたときはもっとドキドキすると思っていたわ」 「何を言うんですか。こっちは胸が張り裂けるかと思うぐらい緊張していましたよ。わたしの計画に穴があったらどうしようって」 「じゃあ、こっそり電話でも繋いでおけば良かったわね」  そんな振り返りをしながら、百合はあのときは驚いたなあと、そこまで穴のなかった計画の最初を思い出していた。
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