蒼い蜜柑

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 自動式のドアが開くたびに峭寒とした風が店内をあざ笑うかのように舞っていく。 「いらっしゃいませえ」  陳列棚整理をしていた晃が目線だけを移すと、ダボついたスウェットを着た中年男性は晃のいるおにぎりコーナーではなく、ビール売り場に歩いていくのが見えた。そのついでに飲料売り場の上にある時計に目をやる。針は三時五分を指している。十五時ではない。午前三時ということに今更ながら目がくらむ。  もともと晃は夜更かしが苦手だった。今までは大体二十二時に寝て、七時に起きるという規則正しい生活を送っていた。しかし、大学三年生の終わり、就職活動が始まったことで日中にアルバイトを入れるのは難しくなった。夜勤であればいつ急に面接が入っても予定が狂うことはないが、自分の生活リズムが狂うことは致し方ないこと。店長に進言すると、店長は喜んで了承してくれた。ただでさえ人数不足の夜勤に行ってくれるのであれば店長の負担が多少は減るということらしい。初めは業務中に居眠りしてしまうこともあったが、今では体がすっかり夜型に順応していた。  先ほどの男性が会計へ向かう動きをいち早く察知した晃は素早くレジ側に回って待つ。もう一人の夜勤である種田さんは今ごろバックヤードで寝ているはずだ。投げるように置かれたかごの中から酒類やカップ麺を読み取っていく。 「お客様、お箸はご入用でしょうか?」  いくら尋ねても男性からの返事はない。顔を上げて覗くと耳にイヤホンをしていることに気づいた。しかも、右足は苛立つように小刻みに揺れている。どうしてイライラしているんだろう。一瞬口をつぐんだ晃は自分の判断で箸をつけた。 「六百三十円になります」  晃が言い終わらないうちに男性はポケットに入れていた手を出して、千円札をかごと同じように放った。  できるだけ素早く、且つ丁寧さを欠かさずに対応する晃を前に男性がふと口を開いた。 「レジ袋は?」  無粋な言い方だった。 「ご入用でしょうか?」 「どうやって持って帰るってんだよ」 「失礼しました」と頭を下げてレジ袋の中に商品を入れていく。言いたいことは山ほどあるが、言ったところで晃の功績が認められるわけではない。かえって変にクレームを言われて店全体の責任になりかねない。  至って平然を装いながら商品を渡すと、男性は晃から剝がすように取っ手をつかんで、ずかずかと店を去っていく。 「ありがとうございましたあ」  再び流れてくる冷気に笑顔が引きつった。
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