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花鬼さんと僕
僕の村にはいつの頃からか時々鬼の人が現れるようになった。
大きな身体とイカツイ見た目。目つきは鋭く大きな牙が口の中に納まりきらずにはみ出て見える。ひと噛みされただけであの世行間違いなし。
服装も一般的な村人の簡易な着物とは違って虎柄の下履きだけだ。まさに『鬼』といった風貌の鬼の人。その隣りには大人の鬼のミニチュア版といった感じの子どもの花鬼さんがいる。
村でも小さな僕よりも更に小さな花鬼さん。舐められないようにか小さな身体で必死に睨みつける姿は威嚇する猫みたいでとても可愛いんだ。
緑とも橙とも言えない不思議な色の髪をそっと撫でてみたい――。どんな感触なのだろうか。やっぱり猫みたいに柔らかいのだろうか――。
鬼といえば頭に角があるはずなんだけど、その人たちの頭には『角』ではなく『花』が咲いていて、『花鬼』っていう種族らしい。頭のてっぺんに咲いた花が表情を変える理由は僕には分からないけど、僕が見るあの子の花はいつも嬉しそうに揺れていた。
*****
鬼の人が村にやって来て何をするのかと言うと、森で狩った大きな獲物と薬や日用品なんかを交換するのだ。子どもの僕から見ても鬼の人に損な取引だと思うんだけど、鬼の人はただのいちども不満を口にした事はなかった。
みんな仕方なく取引をしているように見せて実はものすごく助かっているのを僕は知っている。鬼の人が持ち込む獲物を村人が狩ろうとしたら村人総出でかかっても無理かもしれない。もしもうまくいったとしても怪我人のひとりやふたりでは済まないはずだ。それでも貴重な薬や日用品を仕方なく交換してやっているという姿勢は崩さない。きっと大人の難しいアレコレが関係しているのだろうけど、本当なら感謝しなくてはいけないと思うんだ。
この村が他の村に比べて安全で、経済的にも潤っているのは鬼の人のお陰だと酔った大人が口にしているのを聞いた事がある。
全部分かっていて、その上で鬼の人を下に見ているのだ。利用する側される側。お国の偉い人に利用される僕たち村人は鬼の人を利用する――。
僕は思い切って「そんなのはダメだ。もっと鬼の人に感謝しないと」って言った事がある。結果は生意気だと殴られ、両親からも怒られた。
僕は間違っていて、おかしいのだとみんなは言った。どこが、という事は言わずにただおかしいとだけ言うのだ。
僕がまだ子どもだから分からないのだろうか。みんなの言う事はひとつも理解も納得もできなかった。だけどこれ以上何かを言ってみても無駄だという事だけは分かった。
鬼の人は長雨のせいで崖崩れが起きた時には率先して岩を避けてくれても、転んで泣いている子がいたら飴玉をくれても、全部ぜんぶみんな見ないフリ、なかった事にされた。だけど僕だけは覚えている。忘れてなんかやるもんか。
花鬼さん、もう少しだけ待っていて。僕が大人になったらきみを守るから。
いつかきっと絶対に――。
僕の大好きな花鬼さん、いつかきみと笑い合えるように――今僕は村の人たちに認められるように頑張っているよ。そしてきみの花に似た花を代わりにして「おはよう」って挨拶の練習も欠かさない。
「おはよう、花鬼さん。きみの名前はなんていうの?」
第一印象が大事だって言うじゃない? 僕に失敗は許されないんだ。
僕たちはまだ、お互いの名前すら知らない。
-おわり-
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