某家守近の妻徳子(なりこ)のこと

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「そうね、今年の重陽(ちようよう)の節句は、沙奈(さな)あってのものだったわ。はい、ご褒美」 徳子(なりこ)が、前に置かれた高杯から干し(なつめ)の甘煮を、つまみ取る。隣に座る沙奈は、あーんと、ねだるように口を開けた。 「さ、さ、沙奈!お前、何て事を!」 お仕えする身でと、長良が焦る姿などお構いなしで、沙奈は、徳子から与えられた干し棗をもぐもぐ味わっている。そうして、高杯から、棗を摘まむと、徳子へ向けて、差し出した。 「あら、(わたくし)も、頂けるの?」 徳子は、幼子の仕草に頷くと、そっと口を開けた。 「ああ、美味ね!」 干し棗を口にして、徳子と沙奈は、これ以上ないほど、顔を緩ませ、至福のときを堪能している。 徳子は、この干し棗の甘煮に目がない。今日も、徳子の為にと、多めに用意していたはずが、高杯には、すでに数えるほどしか残っていなかった。 「ああ、お方様、申し訳ございません!妹はまだ幼くて、物を知りませんゆえ……」 一方、長良は、あるまじき事と、ひたすら、頭を下げている。 「あ、そうか。長良も、あーんして欲しいのね」 「あら、焼きもち?」 女房達にからかわれ、長良は、あわてふためいた。 「それじゃ、長良も、あーんしてもらいなさいな。ねぇ、武蔵野様?」 女房の一声(ひとこえ)に、皆の視線は、武蔵野へ集中した。 その意味を察したのか、武蔵野、長良の二人は、同時に固まる。 その有り様に、女房達はどっと笑った。
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