某家守近の妻徳子(なりこ)のこと

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「おや、随分と楽しそうじゃないか。私も混ぜてもらおうかな?」 声の主に、女房達は、色めいた。屋敷の主人、守近その人が物珍しそうに伺っている。 「まあ!守近様!お戻りでしたか。お出迎えもせず、申し訳ございません!」 腰を上げようとする、徳子(なりこ)を、守近は制した。 「ああ、徳子姫、どうか気を使わないでください。私が、予定より早く戻って来ただけですから」 竹馬(ちくば)の友、斉時(なりとき)に誘われ、屋敷へ囲碁を打ちに行っていた──事になっているが、都で一二を争うモテ男が、囲碁の勝負ごときで、満ち足りるはずはない。 そこは、深く追及しないのが、徳子の為と、女房達も心得ていた。 にも関わらず、 「まあ、若様、呑気に囲碁など!その様な時間がおありでしたら、鍛練なさいまし!それに、何ですか!人前で、お方様の事を姫と呼ぶとは!」 武蔵野が、鬼の形相で、守近に迫っている。 「武蔵野よ、お前だって、私の事を、若様呼ばわりしているではないか。いつまで、私の乳母を続けるつもりだい?」 うっと、言葉に詰まる武蔵野に、又もや、女房達は、顔を見合せ含み笑った。 武蔵野は、守近の父の代から仕える女房で、守近含め、この屋敷で産まれた子供、つまり、守近の姉弟達を育て、申し分のない家へ嫁がせ、立派に分家させと、男顔負けの働きを見せてきた。 得てして、女房なるものは、外で、はたまた、内で、気の合う男を見つけ、嫁いで行くものなのだが、武蔵野に限っては、お役目一番と、屋敷から離れる素振りは、はなからなかった。 時に扱いにくい事もあるが、長年の女房としての経験からか、都の貴族社会に精通しており、その事情通具合には、守近も助けられて来た。 それだけに、邪険にできない存在であるのだが、とにかく、頭でっかち、口煩い。
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