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血筋良し、見栄え良し、都でも一二を争うモテ男──少将、守近の正妻、徳子の房は、宴もたけなわであった。
女房達が、麗しき女主を前に円を組み、ペチャクチャと他愛ない事を喋りながら、数々の高杯に盛られる様々な菓子に見入っている。
「皆、ご苦労様でした」
徳子の、鈴を振るような声が流れると、一瞬にして、かしましさは消えさり、女房達は、うっとりと羨望の眼差しを主へ向けた。
「ああ、お方様。何を仰られますことやら。私どもは、ただただ、お方様に従っただけのことでございます」
白髪まじりの女房が、袖を目頭に当てて涙ぐむ。
「まあ、武蔵野は、大袈裟ね」
よよよっと、泣き崩れている古参の女房、武蔵野の有り様に、徳子は目を細め、他の女房は、顔を見合わせ含み笑った。
「重陽の節句の宴が、無事に終わったのは、皆のお陰です。今日は、好きなだけ召し上がりなさい」
徳子の労いの言葉に、「あいっ!」と、勢いの良い幼子の声が響く。
「わっわっわっ!沙奈、控えなさい!お方様、申し訳ございません!」
慌てふためくのは、守近の側仕え童子、長良である。
沙奈は、長良の腹違いの妹で、行儀見習いと称し、徳子の側付き女童子として、兄、長良と共に守近の屋敷に住み込んでいる。
地方貴族の家に産まれた二人だが、都を離れてしまえば、貴族と云えども暮らし向きは芳しくない。成人前の子供は、あれこれ理由を付けて、都の遠縁に預けられる。長良と沙奈も例外ではなかった。
一種の口減らしとも言えるが、そこには、我が子に一旗挙げさせて、一族揃って都へ登ろうという、親の魂胆も見え隠れしていた。
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